第31話 結局、拳で語るに限る

 さて、今の季節にある学校行事と言えば何でしょう。正解は体育祭。ではその体育祭とはどういったものなのか。

 体育祭とは、涙の卒業式、恋の文化祭と並ぶ陽キャ三大行事の一つである。この体育祭で陽キャたちは、自らの持つ力をアピールすることに全力を注ぐ。その最たる例が彼らの出る出場種目だ。誰しも一度は見たことがあるだろう。出場種目決めの際に、早押しクイズかと見紛う程の速さでリレーに自分の名前を書く奴を。

 そう、陽キャは何故か走りたがる。そもそも体育祭の種目内容が、徒競走が多いというのもあるだろう。だとしても、彼ら陽キャは速く走る事が格好良いと思っているのだ。

 そんなに速く走りたいなら、『ひかり』や『のぞみ』という名前にすれば良いだろ。


「何故こうなった……」


 走る事が彼らのすべての様に言ったが、腕っぷしの強さも彼らのアピールポイントだ。例を挙げるなら、綱引きが最もメジャーだろう。しかし我が校では綱引きとは別に、腕っぷしを競う種目がある。それは騎馬戦だ。

 大体、想像はつくだろうから細かい説明は省くが、四人一組で土台の三人が一人を持ち上げ支える。そしてその支えられた者同士が互いのハチマキを奪い合うというものだ。

 聞いただけでも野蛮な種目だが、そこに陽キャ特有の血の気の多さが加わり、戦国時代にタイムスリップしたかのような気分になる。

 そんなこともあり、陰キャ以上陽キャ未満の人間は出ないことが多い。本来なら俺も出ない。がしかし、何故か俺は合戦の場に立っている。


「そんな不安がらなくても大丈夫だよ」

「別に不安に思ってる訳じゃないんだが……。そう言う西宮は大丈夫なのか?」

「うん。僕、こう見えて力持ちなんだよ?」

「そうか」


 何故か酒井 僚太の決闘に付き合う事になってしまった俺と、友人の少ない俺の為に願いを聞いてくれた西宮。そして西宮が声を掛けた同じテニス部の田中君。この三人で酒井 僚太とチームを組むことになった。


「なんで俺まで……」


 すまない、田中君……。完全なとばっちりだが、力を貸してくれ。

 心の中で田中君に謝罪していると、酒井 僚太が鼻息を荒くさせながらやって来た。


「三人共! 俺たちが狙うのはナイト君だけだ。必ず首を取るぞー!」


 いや、首て……。戦国時代じゃあるまいし……。てか騎馬戦はクラス対抗だった筈だが……?


「なあ西宮。騎馬戦ってクラス対抗だよな? 長生とは戦えないんじゃないのか?」

「そうなんだけど、三組で欠席者が出たみたいで、それでその人の代わりに長生君が三組に応援に行ったんだ」

「ああ、それで」


 だったら他二つの組が人数減らせば良いだろ! なんで態々、強キャラをトレードしてんだよ。都合良過ぎだろ! はぁ……こんな事なら実験紛いな事、するんじゃなかった……。

 そうこうしている間に相手チームの入場が済んでいた。俺たちの目標である長生 内斗を探しているが、何処にもいない。

 いや、居た!

 奴の目の前に『壁』があった所為で見つけられなかったのだ。


「おいおい、あいつらってラグビー部じゃないか?」


 長生のチームの土台役三人は、壁と見紛うようながっしりとした体つきの男たちだった。

 準備開始の笛が鳴り、俺を先頭にした三角形に酒井が乗る。対して長生も、その堅牢な土台に跨る。


「それで? どうするんだ?」

「先ずは様子見をしよう」

「様子見ねぇ……」


 俺の予想ではそんな暇は無いと思うが……。

 酒井と会話をしていると、開始の笛が鳴り響いた。直後、互いの騎馬たちが一斉に駆け出す。土煙が立ち昇る攻防戦、沸き立つ観衆。しかしその中で異彩を放つ騎馬が居た。そう、長生 内斗だ。

 巧みな体さばきと頑強な足。寄って来る敵を次々に捌いていく長生は、まるで国を守る騎士ナイトの様だった。


「見惚れてる場合じゃねぇ! 酒井!」

「おうよ。行くぞ! 師匠!」


 このままでは決闘どころの話では無い。さっさと片を付けるべきだろう。

 俺たちは雑兵たちを討ち取りながら敵大将の前へと躍り出る。黄色い声援を受ける長生に向かって、酒井 僚太は声を挙げた。


「長生 内斗! 俺はお前と一対一を所望する!」


 何言ってんだてめぇ! そんなこと言ってないでさっさと終わらせれば良いだろ!


「へぇ~、良いだろう。来いっ!」


 何でお前もノリノリなんだよ!


「師匠……。突撃だーー!」


 駄目だ、こいつ……。指揮者に向いてねぇわ。


「しゃあねぇな~。……行くぞオラァ!」


 後々考えてみれば、格好付けているようで恥ずかしい……。でも当時の俺は凄く楽しかったのだ。だからこそ、普段は出てこない強気な感情があのときはあった。


「内斗ぉぉぉーーーー!」

「僚太ぁぁぁーーーー!」


 まるで熱血アニメが如く、長生 内斗に突っ込む俺たち。酒井 僚太と長生 内斗は互いの手を封じ合い、せめぎ合う。

 二人の力は互角だった。しかし下はそうでは無かった。全力に近い力を出す俺たちだったが、相手が悪い。向こうは日々、肉弾戦を行っているラグビー部、それに対してこちらはテニス部二人と運動をしていない一般人だ。力の差は明確で、奮戦はしているものの徐々に押され始めていた。


「酒井……。もう、持たん! さっさと決めろ……」

「分かってるけど……」

「どうした、僚太。お前の意地はそんなものか!」

「なんだとーー!」


 長生 内斗の安い挑発に、更に勢いを増した酒井。俺はこの瞬間を待っていた。

 俺は片足を高速で前後に動かして砂埃を舞い上げる。ここ一週間、このグラウンドに雨は降っていない。尚且つ今日は晴天、即ち無風。そのおかげで不正を隠すには十分な砂埃が足元に発生した。


「すまん」


 俺は事前に謝罪をして、目の前のラグビー部の一人を蹴り上げた。

 大事な部分に強い衝撃を与えられた土台の一人は、不意な激痛に膝から崩れ落ちた。堅牢な城が瓦解していくように、長生の騎馬はバランスを崩して崩壊していく。

 これで奴のハチマキを酒井が奪えば勝ち、そう確信したのも束の間で、何故か崩壊していく長生の騎馬に合わせるように、こちらの騎馬もバランスを崩していく。

 まさかっ!


「馬鹿野郎! いつまで手を握ってるんだ!」


 興奮した酒井 僚太は周りが見えておらず、初動の取っ組み合いからずっと長生 内斗を潰すことしか頭に無かったのだ。その為、崩れ落ちていく長生と共に引きずられる様に崩れていった。

 前倒しに崩れていく酒井 僚太に押し潰される形で地面とキスをした俺は、激しく痛む鼻を抑えながらなんとか立ち上がる。


「ま、松瀬川君、大丈夫?」

「ああ、鼻が痛むが……それより西宮達は大丈夫か?」

「うん、僕と田中君は大丈夫だけど……」


 西宮が心配そうに俺の後ろを見つめる。彼の心配の種は、長生 内斗と酒井 僚太だった。

 二人は攻守を交代しながら殴り合いの喧嘩へと発展していた。互いに馬乗りになりながら殴り合う二人を仲裁する為、俺は酒井 僚太の両脇を抱えて無理やり引き剥がす。


「おい! 二人とも止めろ!」

「うるさい! 放せ! 俺は……強くなるって決めたんだ!」

「落ち着け! だからって親友を殴る事は無いだろ!」

「放してくれ! お前には分からないだろうが、俺には大切な事なんだ! ずっと憧れて……ずっと見上げていた……。だけどもう終わりにしたいんだ! 俺は大切な物を守る為に、こいつを……俺自身を乗り越えなくちゃいけないんだ!」


 そう言って酒井 僚太は俺の腕を振り解いて、再び長生 内斗に飛び掛かる。

 ごろごろと転がりながら組み合う二人に、流石の教師たちも行動を起こすが、勢いの激しさに仲裁に入るタイミングを見失っていた。

 この場に居る生徒、保護者、教職員全員が見守る中、長生 内斗の頬に重い一撃が入る。


「どうだ! 長生 内斗! 俺はもう、お前の下じゃないんだ!」


 息を切らす酒井 僚太に、長生 内斗はほくそ笑んだ。


「何が可笑しい!」

「……やっと心を開いてくれた」

「な、何を……言って……」

「僚太。お前、会った時からずっと周りの顔を気にしてただろ? いつも場を盛り上げてくれるのに、どこか遠慮があった。俺はお前と肩を並べて話がしたかったのに。なのにお前はいつも下手したてに出て……悲しかったよ……」

「内斗……君……」


 長生 内斗はボロボロになりながらも立ち上がって見せる。そして座り込む酒井 僚太に手を差し出した。


「ハハ、負けたよ。だからもう、『君』は要らない。これからも親友で居てくれるか?」


 酒井 僚太は涙を拭いながら手を取って、こう答えた。


「ああ、勿論だ。内斗!」

「これからもよろしくな! 僚太」


 そうして二人が固い握手を交わした直後、周囲から溢れんばかりの歓声が挙がった。

 ある者は目頭を押さえ、ある者は手を叩いて二人を称える。ハラハラしていた教職員はホッと胸を撫で下ろし、生徒たちは二人の名前を何度も叫んで湧き上がる。その様は、これぞ青春だと言っているようだった。

 文字通り肩の荷が下りた俺は、この状況に安堵しながらも、心のどこかで彼ら彼女らを見下していた。それが浅はかで、人間らしく無いことだと理解していながら……。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る