第33話 あたしの嫌いな過去

 あたしこと、亀水 咫夜は病に侵されていた。恋という病だ。

 この病気に気づいたのは高校に入学して暫くたった時だった。当時、相談委員という存在自体が危うい委員会に入って、初めての仕事を終えた後だった。

 相談委員は相談者のアフターケアも欠かさない、そう言う名目で相談者であるクラスメイトが出場する大会を見学しに行った。無知なあたしは遠足気分だった。でも彼は違った。松瀬川 重信君、古めかしい名前の彼には問題の本質が見えていた。軽い気持ちで付いて来たあたしとは違って、松瀬川君は、問題の原因と言う根っこを枯らす為に来ていた。

 大会が終わり、先輩たちが最後の挨拶をしている際、部員の一人が声を挙げ、クラスメイトや部長たちを侮辱し始めた。あたしは許せなかった。努力している人を笑うなんて許せなかった。

 憤りを抑えることが出来ず、あたしは声を荒げた。


『努力している人を笑うなんて! 最低っ!』


 クラスメイトを庇うあたし達に、松瀬川君は言った。別にいいだろ、と……。彼のこの言葉を聞いた瞬間、あたしは彼に対して怒りを感じた。何故、明らかな悪であるあいつらの肩を持つのかと。でも松瀬川君の話を聞いていく内に、彼はどちらの味方でも無い事が分かった。彼は敢えて悪者の演技をし、悪意を一身に背負った。そうすることで問題を根本から破壊した。

 こうしてクラスメイトは救われた。でも……彼は救われてない。本当は他人の為に自分を犠牲に出来る優しい人なのに、周りの人たちは彼のやり方が理解できない。他人を助けている人が、誰よりも苦しんでいるのは、あたしは納得できなかった。そうして彼を救いたい、助けたいという気持ちは次第に膨らんで、全く別の何かに生まれ変わった。あたしは、自分の内に生まれたこの複雑な感情の正体が分からなかった。

 尊敬? 違う。

 哀れみ? 違う。

 自惚れ? 違う。

 自問自答を繰り返してようやく悟った。ああ、あたし……彼の事が好きなんだ……。

 自分の気持ちに気づいた瞬間、あたしは走りだしていた。目の前の彼から、自分自身の気持ちから逃げたくなかった。もう過去の自分とは決別した。同じ過ちをしたくない、彼を失いたくない。そう思って走り続けた。

 走って、走って、ようやく掴んだ彼の手。でもその手は空気の様に消えて、あたしの手からすり抜けた。

 逃げられた……。

 でも諦めない。例え彼が空気になって逃げようとも、あたしはその空気すらも掴んでみせる。

 だって、あたしは松瀬川君の事が好きだから。



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