ある日の夜半よわ、男の子が迷子になった。帰りの遅い父親を心配して家を出たはいいが、あたりが暗い所為せいもあってか、いつの間にか森の中へと彷徨さまよってしまったらしい。

 森の中に人の気配はない。それどころか、動物たちまでもが寝静まっているように、不気味なほど何も聞こえないのだ。森の中をぐるぐると歩き続けて、やがて歩き疲れて、男の子は立ち止まって泣いてしまった。

 このまま一生家に帰れないのではと思うと、怖くてたまらなかった。父が、母が恋しい。

 すると、草木が何かにこすれる音が聞こえた。

 やっと動物が気づいてくれたのか。それなら少しはさみしくない。何かが、目の前に近づく気配がした。

 男の子は涙を拭きながら顔を上げる。しかし、そこに動物はいなかった。

 人間でもない何かは、男の子と同じくらいの背丈をした小さい何か。一言で言えば、異形いぎょうの存在であった。

 赤黒い肌に、額の角。むき出しになった牙。じろりとこちらを見つめるのは、三つ目だ。

 もし絵巻物でも見たことがあるならば、鬼と形容しただろう。しかし、男の子はそれが鬼だとはわからなかった。人間でも、動物でもない何かという認識である。

 今まで見たことがない姿に、男の子は目を見開いたまま、声も出ない。

 鬼は無言で、光る数個の玉のついた棒を差し出した。

 お手玉くらいの、蛍の光のような色合いは、男の子の心を和ませる。いつの間にか、涙も止まっていた。

「これを持っていれば、家に帰れる」

 鬼はそう言って、男の子がまばたきをしたときには消えていた。

 男の子は鬼に手渡された棒を持った途端、帰る方向を理解した。あっちに行けば、家に帰れる。不思議と感覚でわかるようになったのだ。

 森を抜けると、大人たちの叫び声が聞こえた。男の子がいなくなって、村の大人たちが探していたのである。皆が男の子の名前を叫んでいる。その中に父親の声を見つけて、男の子は駆けた。

 父親も男の子の姿を見つけて、思いっきり抱きしめる。

 いつしか男の子の握りしめていた棒から光は失せていて、代わりに鬼灯ほおずきの身がっていた。


「そのあと、男の子が無事に帰れたのは鬼のおかげだとして、鬼への感謝を込めて創ったのが鬼灯神社。以来、この棗の地じゃ毎年この季節に、鬼灯を神社に供えるようになって、鬼灯祭がはじまったといわれている」

 と祭りに向かう道中で説明してくれたのは、伊佐三である。

 聞いていた柚たちは、皆一様にへぇという顔をしている。

「伊佐三さん、物知りですね」

「鬼灯祭の由来くらい、棗藩に住んでるならガキでも知ってることだろ。妖怪に教えられる柚が知らなさすぎるんだ」

「由来は知らなかったけど、神社に鬼灯を供えたら無事に過ごせるようになるとか、ご利益なら知ってますよ」

 迷子になった男の子が無事に帰れたことから、鬼灯神社にお参りをすると、家内安全、無事に毎日を過ごせるというご利益が得られると発展した。

 神社に鬼灯を供えることも大事だが、柚にとっては出店の方が興味をかれるのである。

(鬼か……昔なら信じなかっただろうな)

 以前の自分なら、鬼灯祭の由来を作り話だと断定したに違いない。けれど、妖怪たちと祭りに来るようになった今では、鬼がいると言われても不思議には感じなかった。

「鬼は今でもいるんですか?」

「さあな。俺は見たことがない」

 妖怪になったばかりの玉緒と葉太はおろか、伊佐三も鬼は見たことがないという。存在自体は否定しないので、鬼は想像の産物ではないのだろう。

 こんなとき、主がいれば詳しく教えてくれるのに……と思ってしまう。

 浦野家の資料にこんな話があった。怪異に会ってみたいと、心なしか嬉々として語る姿を、最近見かけない。

(気に障ることでも言っちゃったかな……)

 いつも通り接していたはずだ。だが、わからないうちに、主を傷つけるような行為をしてしまったのだろうか。

 春太郎は柚たちを避けている。玉緒も気にしているようで、最近は大人しくなっているし、月尾に相談すれば、しもべの彼も同じような態度を取られているという。為すすべなくて、行き止まってしまった。

(なんやかんや、うまくいけてたと思ったんだけど……)

 こき使われてはいるが、関係値は良好だと感じていた。

 考えれば考えるほど、落ち込んでしまいそうになる。せっかく祭りに来たのに気持ちがふさがっていては、玉緒たちにも申し訳ないと、無理に笑ってみせた。

 鬼灯神社までの道のりには、左右に所狭しと出店が並んでいる。はじめて祭りを味わう玉緒と葉太は、目を輝かせながらすべての出店に行こうとする勢いだ。

「あ、弥市さんだ!」

 玉緒は数ある出店の中から、黄梅堂の出店をすばやく見つける。

 弥市も玉緒たちの一行に気づいて手を振った。

「今日はお祭り特別価格ですよ。どうぞ見て行ってください」

 黄梅堂の菓子は、気軽に買えるものではない。だが年に一度の祭りという特別な日、大人も子どもも気軽に買えるお菓子を用意したのである。しかも店頭に並べられている菓子は個別に売られていて、可愛らしい大きさになっているので、お腹の負担にもならない。

「えっとね、これと……あとそれからこれと……」

「いくら化け猫だからって、そんなに食ったら腹壊すぞ」

「化け猫じゃないわよ!」

 大好きな弥市が働く店なだけあって、玉緒はたくさん買ってあげたいという気持ちがあるのだろう。単純に、黄梅堂の菓子が美味であるという理由もあるに違いない。

「見て、これ月尾に似てる」

 葉太が自分で選んだ練り切りを柚に見せる。確かにそれは、獣の姿になったときの月尾に似ている気がした。

「ほんとだ。私もそれにしようかな」

 本当は月尾とも、春太郎とも一緒に祭りを楽しみたかった。という感情が顔に出ていたのか、弥市が優しく話しかけてくれる。

「犬の練り切りはすべて、旦那様が作られたんです。お祭りで評判だったらお店でも売ろうと思っているのですが、お味はいかがですか?」

「美味しいです。噛みしめるごとに、心が温かくなるような不思議なお菓子ですね」

 お菓子を作るのに忘れてはいけない大事なことは、食べてくれる人の笑顔であるという先代の教えを守って作られているのが、黄梅堂のお菓子である。しずんでいる柚の心にも、優しく溶け込んだ。

「人の気持ちだって、相手に真心を尽くせばきっと伝わっています。信じて待つのは辛いですけど……って、妖怪の私が言うのもなんですが」

 最後は小声で、おかしそうに言った。

「弥市さん……ありがとうございます」

 うじうじ考えるより、信じて待つしかない。簡単でもあり難しくもあるが、弥市のお陰で気持ちが浮上した。

(玉緒はいい人を好きになったなぁ……)

 弥市はまだ仕事があるので、あとで鬼灯神社で落ち合うことを約束して、いったん別れる。

(玉緒、楽しそう)

 好きな人と会って、話して、あんなにはしゃいでいる。正直、うらやましいと思う。

 恋をしてみたいという好奇心が、柚の中を駆け巡るのと同時に、なぜか脳裏には春太郎の姿が浮かび上がった。

(うを……!何で旦那様が……)

 顔を真っ赤にしながら、あわてて思考をかき消そうと手をばたばたさせる。

「あいつは何をやってるんだ」

 伊佐三にはあきれた眼差しで、玉緒と葉太には小首をかしげながら見られる始末だ。


「主、柚たちを追いかけた方がいい。どうにも嫌な気配がする」

 月尾がそっと、緊迫した様子で語りかけた。

 春太郎は瞬時に立ち上がって、急いで外に出る。怪異がいるから、こんなにも慌てているわけではない。あのときと同じだ。

 以前、柚が邪魅に捕まってしまったときと、同じ衝動である。

 もしも柚に何かがあって、今度は本当に失ってしまったら、最近のよそよそしさをどうやって謝ればいいのだろう。見捨てたら、一生後悔する。

 浦野家に来たはじめの年に、兄が祭りに連れて行ってくれた。清之進は継母のことは受け入れられなくても、義弟には優しかった。

 たくさんの人混みの中、兄の手を放してしまえば、祭りの由来となった男の子のように迷ってしまいそうで、決して手を放すまいとすがった記憶が懐かしい。

 祭りはいつもにぎやかだ。なのに自分はあせっていて、いい歳にもなって迷子になってしまいそうな心地になるのは、兄がいないからだろうか。

「春」

 柚たちを探して目をさ迷わせていると、知っている声に呼び止められる。

 現実に引き戻してくれたのは、幼馴染の同心、井口千蔵だった。

「千も来ていたのか」

「来たくて来たわけじゃねぇよ。同心に休みはねぇからな」

 ちらと十手を見せつけられて、見回り中であると理解した。

「あいつらなら神社に向かっていたときに会ったぜ。今から行けば、ちょうど神社で落ち合えるかもな」

「そうか」

 春太郎が柚たちを探していることを、幼馴染は何も言わずとも察してくれたらしい。

「兄が釈放されると聞いたが……」

「よく知ってるな」

「ふん、俺は役人だ。すぐ耳に入るってもんよ」

 藩から兄の釈放についての正式な沙汰があったのは、つい昨日のことである。役人の千蔵はそれよりも前から、承知していた。

「これからどうするんだ?」

「無難に家を出るつもりだ。もちろん家督も兄上に譲る」

「無難に、ねぇ……独り言だが、俺はお前が同心でもよかったと思う。でも、今の職だってお前に合っていると思ってんだ。特にあの娘が来てから、楽しそうにも見えたんだがな」

「…………」

 お役目中の彼をこれ以上引き止めることはできずに、千蔵とはそこで別れた。

 神社に向かう道中、千蔵の言葉が頭の中を巡る。

 そう、正直に吐露とろすれば、今の生活に満足していて失いたくはない。だが、武士の世界には順序というものがある。文官といえども武士。勝手な振る舞いは決してできない。それに兄のことが嫌いではないから、純粋に彼を立てたいという気持ちもある。

 どうすればいいのかなんて、はじめから決まっているのだ。


「柚、見てみろ」

 神社で鬼灯を受け取り、奉納の列に並ぼうとしたところで、伊佐三にうながされた。

「旦那様!」

 伊佐三の視線の先を追うと、こちらに向かってくる春太郎の姿を見つけた。

 やはり祭りに来たくなったのか、柚の心にぱっと火が灯るも、すぐに思い直す。経験上、こういうときは……

「はっ……!まさか、怪異ですか?」

 きっと仕事が舞い込んだのだ。祭りの日にも怖い思いをするのかと、嫌な顔を隠そうともしなかった。

 だが、春太郎は黙ったままだ。

「違うんですか……?」

 春太郎はやっと口を開いた。

「ただ祭りに来た、と言ったら……」

「なんだ……それならそうって、早く言ってくださいよ」

「怪異があるならあるに越したことはないが……まあ、怪異は目の前にもあるからな」

 人の姿をしているだけで、柚以外の三人はみな妖怪である。そこに妖怪がいる。立派な怪異現状だ。

「たしかに、怪異ですね」

 怪異を恐れながら怪異を引き連れていたのは、柚自身だった。何だかおかしな気分である。

「私も混ぜてください」

 と現れたのは、玉緒が待ちに待っていた弥市だった。

 弥市はちらと春太郎を見て、柚に「よかったですね」と言った。

「何がよかったんだ?」

 照れ笑いをしている柚の真意がわからずに春太郎が聞くも、何でもないとはぐらかされる。おかしな奴だと軽口を叩く前に、葉太に鬼灯を差し出された。

「これを神社に奉納しないと、迷子になるんだって」

「けっ、妖怪のくせに何言ってやがる……って、お前いつの間に取って来たんだ?」

 まだ鬼灯を受け取っていなかった春太郎と弥市にすばやく鬼灯をあげた葉太は、得意気に手を突き出す。

「おいらは歩かなくてもこれくらい……」

 葉太の手は、みるみる枝や葉っぱに変わっていく。彼は古椿の霊。手を伸縮自在な枝にして、鬼灯を取ってきたようだ。

「馬鹿!!見られたらどうするんだ!」

 伊佐三が思いっきり葉太の頭に拳固をぶつけた。

「うわー!痛い、頭が壊れる!」

「あ、伊佐三が殴った!」

「伊佐三さん、暴力はだめですよ」

 妖怪たちがやんややんやと騒いでいる。人間世界に溶け込んだ怪異には、こんなに愉快なものも確かに存在するのだ。

 あと一人足りなくて、柚が聞いた。

「月尾は来てないんですか?」

「来ているが、気が向いたら姿を見せるだろう」

(ほんと、気まぐれな妖怪だな……)

 物足りない気持ちもしたが、やっとのこと落ち着いて、奉納の列に並んだ。

 そして、柚の番が巡ってくる。隣に並ぶ春太郎と一緒に、すでに大量に置かれている鬼灯の上に自分のを置いて、参拝の手順にのっとって、手を合わせて拝む。

 柚のお願いは決まっていた。

 一つは、皆が無事でありますようにと。もう一つは……

「やけに熱心に祈っていたな。信心深くて感心する」

 参拝を終えて、人混みの少ない本殿の脇の小道にそれる。後ろに並んでいた玉緒たちとは、はぐれてしまっていた。

 玉緒は柚の居場所がすぐにわかる。それでも追いかけてこないということは、柚の気持ちを察しているからだろうか。

「あはは……」

(鬼灯祭の由来を知らなかったって言ったら、馬鹿にされるだろうな……)

 怪異を調べている春太郎が、その由来を知らないわけがない。知らなかったことは黙っておこうと、心に秘めた。

「旦那様の迷いが消えますようにって、お願いしたんですよ」

 春太郎が歩みを止めた。小道の先には、まるで誰からも忘れられたような小さな祠があった。

 同じものではないけれど、柚は浦野家に来て初めての怪異事件を思い出す。万国屋の屋敷神事件である。そして次々に、自身が体験した怪異を思い出していた。

「嘘を吐いても仕方ないから正直に打ち明ける。俺は当主の座にはこだわっていないが、風史編纂係の仕事を手放したくはない」

 やはりそうだったのだ。最近、なぜ自分たちのことを避けていたのかはわからないが、彼にはとてつもない悩みがあったのだ。

「清之進様と一緒に仕事をするというのは、だめなんですか?」

「……俺は、風史編纂係には相応ふさわしくない」

 過去にもそのような言葉を聞いたことがある。春太郎は兄という存在ではなく、己の問題に直面していた。

「兄上が作った護符の方が、はるかに優れている。才能もあるのだろうが、血筋には敵わない」

「私は何の取りもないから、護符を作れるだけですごいと思いますけど……」

 柚が邪魅に襲われたとき、春太郎からもらった護符は木端微塵こっぱみじんに砕け散ったのに対して、清之進の作った護符は、柚の身を見事に守っている。しかし怪異の知識もない、平凡な柚からしてみれば、護符に優劣などつけられないし、つけようとも思わない。

 でも、春太郎はそうはいかないのだろう。

「それだけではない。俺は、浦野家の禁を犯そうとした」

「禁って……」

「邪魅を呪ってやろうとしたんだ」

 怪異の専門である浦野家の人間には、怪異に対処する力が求められる。その力は、表は誰かを助ける力であり、裏は誰かに害をなすことができる。

 力を身につけても、決して害をなしてはいけない。浦野家の人間が、固く守ってきた家訓である。

「柚が殺されたと思って、憎しみがいた。あのとき月尾が止めてくれなかったら、禁を犯していたに違いない。……こんな俺だから皆が離れていくだろうと、誰のことも信じられなくなっていた」

(だからよそよそしかったんだ……)

 春太郎の最近の態度に、合点がいった。

 実のところ、彼はとてつもなく繊細である。意外だけど、柚は放っておけなくなった。

 下手な言葉はかけられない。彼の悩みの半分も理解できていないのかもしれない。だけど、何も言わずにはいられなかった。

「人間なら、うらむ心だって芽生えるじゃないですか。私だって、ずっとおとっつあんのことが嫌いで仕方なかった」

 おとっつあんと呼べなかったのに、ふとしたきっかけで、呼べるようになった。

「月尾に止められて呪うことをやめたなら大丈夫なんです。だって、一人じゃどうしようもないですよ」

 一人だけではできないことが多い。でも、苦しければ手を差し伸べてくれる存在に縋るのは、誰かに責められることではないのだ。

「私は、旦那様のことを信じてますから。月尾と玉緒だって同じです」

「柚……」

「あ!」

 突然に柚が声を上げて、思わず春太郎はびくりとする。

「いいことを思いつきましたよ!もし清之進様に家督を譲って家を出てくなら、他の場所で怪異の相談所を開けばいいんです。怪異の話が舞い込んだら、清之進様の助けにもなりますよ」

 名回答と思い、ご満悦に柚はにこにこしている。

「怪異の相談所か。悪い話ではないが、そうそう怪異はやってきてくれるものではない。生活できなければ、元の子もないだろう」

「私が花乃屋の分店を開いて、がっぽがっぽ稼ぎますから」

「浦野家を離れるつもりか……?」

 疑心暗鬼におちいっていたとはいえ、不快な幻を見た春太郎は、柚の意外な言葉に目を丸くする。

「清之進様に相談したんですけど、自分は器用だから家事とかは心配ないと仰るんです。どうするかは、私が決めていいって。……ついていったら、迷惑ですか?」

「いや……てっきり嫌われていると……」

「何言ってるんですか!私にとって旦那様は……」

「…………」

 春太郎は次の言葉を、固唾かたずを呑んで待った。

「大事な主です」

「…………」

「……え、怒ってます……?」

「怒ってなどいない。もともとこういう顔だ」

 そう言うわりには機嫌が悪そうだ。

(まったく、難しいんだから……)

 ここは美味しいもので和ませようと、柚は黄梅堂の出店で買った菓子をそでから取り出そうとする。

「あれ……」

 菓子はなかった。落としてしまったのかと焦ると、楽しそうな月尾の声が振ってきた。

「ちっ……これは主のだったのかよ」

「月尾!」

 いつの間に現れたのか、そして取ったのやら、月尾の手には二つの菓子がある。

 主に忠実な月尾は、呆気あっけなく春太郎に菓子を手渡した。

「一つは月尾のものだろう」

「そうよ!せっかく買ってあげたのに、私が持ってるお菓子ばっか取るんだから」

 かっかっかと高笑いして柚を揶揄からかう月尾は、そっと春太郎につぶやいた。

「妖怪の気配は消えたぜ。あいつもやるじゃねぇか」

 春太郎に付きまとっていた、邪悪な妖怪の気配は消えていた。もう幻を見ることもない。たとえ見ても、今度は信じるものしか信じないだろう。

 彼を救ったのは、護符を作る能力も備わっていない、一介の女中である。

「あ!また月尾が柚のこといじめてる!」

 玉緒までが参戦して、すっかり騒がしくなった。

「ねぇ、どこに行っても、また賑やかになりそうだね」

 悪戯いたずらをした子どものような表情で、玉緒が春太郎に言った。

「ああ」

 自分が今、何を信じているか。この返事こそが答えだ。

「まったく、くだらねぇ……」

「それがいいんじゃありませんか、ね」

「うん!」

 側で見守る妖怪たちも、穏やかな表情をしていた。

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