怪しい館、少女、僕らは犬。

 固い握手を交わし、共に歩き出した僕と先生は今、




 途方に暮れていました。




 日は沈みかけているというのに、建築物どころか砂利道すら見つけられずにいたのです。




 見渡す限りの草原と木々、異世界でも変わらぬ美しい夕焼け。




「いやあ、これが観光だったら最高のロケーションだったんだがねえ。」


「実際は漂流というか放浪というか」


「景色を楽しむヒマがないねえ」




 笑顔の先生だったけど、足取りは重そうだ。


 ギヴルに追い回された後、休憩を挟みながらとはいえ数時間歩きっぱなしだ、無理もない。


 かくいう僕も、もう限界かも…。




 水も食料もなく、スマホすら、転移したときに消えていたみたいで、まさに身一つの状況…。


 ああ、この世には神も仏もいないのか。




 いや、いたんだった、いたからこんな状況になってるんですよ。






 などと、うつむきながら考えていると、突然先生が僕の顔をペチペチと叩く。




「うぶぶぶぶ」


「マジロ君、見たまえ、アレ!」




 こういう時って普通、肩とかを叩くものなのでは?やはりこの人ちょっとおかしい。




 先生が指さす先には、小さいながらも夕闇の中で映える灯りがあった。


 陰から察するに、大きい建物の一角が明るくなっているのだろうか。


 なんにせよ、異世界最初の建築物だ!




「建物に灯がともっているってことは、人が住んでいるってことだ!野宿せずにすむかもしれない!」




 先生のその言葉が、僕の疲れた足に活力を与えてくれる。






 くたくたになって着いたその建物は、間近で見ると改めて大きい。

 が、どこか薄汚れている。


 庭門は開きっぱなしのまま動かした形跡がなく、ガチガチに固まり、そもそも庭自体も雑草がざわめいている。


 館自体も暗い紫色をベースカラーとしていて、まるで…。



「魔女の館、ってカンジだねコレは」

「怖いこと言わないでくださいよぉ…」


 僕も思っていたことではあったが、口にして出されると余計に想像してしまう。

 先生が、大きめの館に似合いの大きめな門の、大きめなドアノッカーをドンドンと叩く。


 ……返事がない代わりに、ひとりでにドアが開いた。

 僕らを招き入れるかのようだ。



 中に入ると、わずかな外の光でも反射できるほどのホコリが舞うエントランスが見える。

 外から見たときについていた室内の灯は消えていて、真っ暗だ。


 先生が声を張りあげる。


「すみませーん!この家の永住権をいただけませんかー!ムリなら一泊だけでもさせていただけないでしょうかー!」

「要求の振れ幅デカくない先生!?」

「ム、知らんのかねマジロ君。最初に過大な要求をしておいて、ソレを断らせてから本命の要求をすると、本命の要求が通りやすくなるのだよ。この心理学を『ドア・イン・ザ・フェイス』と言ってね…」

「にしたって過大すぎません!?」






 と、その会話に割って入るかのように指を鳴らす音が響き、門横のカンテラに炎が付く。




 2階廊下奥の暗闇から、近づく足音が聞こえる。




「誰だ?業者を呼んだ覚えはないぞ」




 女性…少女の声がした。暗がりの中から喋っていて、姿は見えない。




「すみません、旅の者です。宿を探しているのですが、街すら見えずさまよい疲れて…よければ一晩だけでも止めていただけないでしょうか」




 先生が弱々しく伺うと、女性が間をおいて返した。




「旅ィ?にしては、荷物が見当たらないようだが」




 その言葉に僕が焦って返す。




「し、信じてもらえないと思うんですが、実は僕らモガモゴモグ」


 先生が突然僕の口を塞ぐ。




「ちょ、ちょっと失礼!」




 サッと後ろを向く僕と先生。




「いきなりどうしたっていうんですか!」


「シーッ!大声を出さない!今、異世界から来たって言いかけただろう!」


「え、ええ」


「良くないぞそういう不用心なのは。いいかい、今の私たちはこの世界の金銭感覚はおろか、貨幣制度があるのかどうかもわからない状況なんだ、うまく騙せば絞れるだけ絞れる雑巾人間なんだぞ!」


「ぞ、雑巾人間?」


「とにかくココは私がなんとかするから、君は口を閉じていてくれたまえ」


「…はい」




 作戦会議?が終わり、女性の方に向き直る僕たち。




「それで?『実は』の続きは…?」


「ああハイ、実は私たち、賊に持ち物を一切合切奪われてしまって……」


「ほう、それはそれは大変な目に。ちなみにどちらから?」


「詳しくは答えられませんが、西から」




 返答を淀めば怪しまれる、とばかりに先生の即答。できる!




「となると陸路か、馬といささかの食料さえあれば帰れるかな?」




 馬と食糧!?なんて太っ腹な…これも異世界の神の導きなのかな?




「よろしいのですか!?ぜひお願いします!」




 先生も頭を垂れて感謝の意を述べる。






 しかしその瞬間、玄関の扉が勢いよく閉じた。




 僕も先生も驚く。




「カマかけて悪いがな、この国は大陸の西端にあるんだ。陸路なんて無いんだよ」




 クックッと小さく笑う女性の声が響く。


 先生の顔からタラリと汗がつたうのが見えた。




「物乞いにしては服が上等すぎるし、詐欺師にしては嘘が下手すぎる、賊にしては無防備だ。ん~…」




 少しの黙考の後、




「その妙なデザインの服…『異世界の人』か?」




 彼女はズバリと言い当てた。


 ぐぐ…と言葉に詰まる先生。


 ここで否定してもすぐ見破られる嘘しかつけない、と見切りをつけたのだろう。




「その通りです、失礼しました」




 さっさと謝罪して踵を返し、ドアに手をかける先生。


 しかし、開かない。




「まあ待て待て、古文書でしか語られない『異世界の人』が来たんだ、宿ならいくらでも取らせてやるから是非ココにいてほしいんだが」


「宿なら…いくらでも?」




 先生がピクリと反応した。


 いくらでも寝泊まり可能ってだけでも疲れた体には十分なくらいの交渉だと思う。






 でも……。




「断る」




 先生が急に圧を出してきた。




「無知な異世界人を閉じ込めて、外部の情報を遮断するつもりかね?洗脳の方法としては順当だね。」


「ククク、言うじゃないか。別にそんな気は無かったんだがな。」


「ともかく、急に入ってきて失礼した。だが要求は呑めない。」


「これから行くアテがあるのか?近くに街があるのにここに寄ったのも、アテなくさまよってたからなんだろう?」




 近くに街があったのか、どおりで怪しまれるハズだ。


 そっちへ行かずにわざわざこんな怪しい館に足を運んでいるのだから。




(そうですよ先生、ここで意地張ってもしょうがないじゃないですか。)


 と、『口を閉じていろ』と言われたので目で訴える僕。




「要求がそちらに有利すぎて怪しいって言うんなら、そうだな、『雇用する』ってのはどうだ?」


「雇用…?」


「そう、ココには今のところアタシ1人しか住んでなくてな。研究に没頭してると炊事洗濯掃除が疎かになって困ってたんだ」




 たしかに庭といい玄関といいまったく手入れしていなかった。




「さっきの今でそう言われてもね」




 先生も頑なだなあ。




「給料アリ、昇給アリ、住み込みでの労働、部屋は自由に使用可、ベッドの手直しはキミらの仕事になるがな」


「しつこいね君も」




 先生もね。




「3食昼寝付き、ティータイムも付けるぞ」


「ダメだワン!そんなエサに釣られる私たちではないワン!」




 先生?




「身元引受人にもなってやるんだが」


「ワンワン!!!ご主人様ワンワン!!!!!」




 先生ーーーーーーッ!!




「ムム!なにをボーッとしているのかねマジロ君!早く売りたまえ!媚びとか…プライドとか!」


「いや手のひら返すの早くないですか先生!?」


「何を言う!身元引受人だぞ!?わかっているのかねキミ!身元引受の制度があるってことはおそらく戸籍などの制度も存在するとみて間違いあるまい!」


「それで!?」




「今の我々の状況を鑑かんがみてみたまえ!住居もない!仕事もない!それどころか出身も不明同然だ!『国籍不明住所不定無職スリーアウト』だぞ!?何らかの事件への関与はもちろん、職務質問からでも牢獄までの超特急エクスプレスが約束されているのが今の我々だ!」




 僕の全身にショックが走る。




 そうだ、今の僕らは、『住所不定無職もたざるもの』…ッ!


 社会的信用ゼロの存在なのだ!


 そんな者が仮に街へ行ったとて、宿、食事はおろか、日銭を稼ぐことも危ういかもしれない。




 彼女はその僕らの身元と住居と食事等々をいっぺんに保証してくれるというのだ!




 もう舐めるっきゃない…!靴を…!




 涙を呑んで僕も犬の鳴きまねをする。




「フフ、やっとマジロ君も追いついたか…『このレベルの卑しさ』に」




 なんかレベルの低さでマウントとってくる人っているよね!




「いやそういう媚びは売らなくていいよ、なんなんだキミら気持ち悪いな」




 『ご主人様』はドン引きしている。




 ……いけない、先生の熱気にアテられて、僕までおかしくなっていた。




「まあでも、ご主人様マスターって呼ばれるのは悪い気がしないな、うん。……雇用契約は成立でいいんだな?それじゃあ部屋は好きに使ってくれて構わんぞ。アタシの部屋と研究室以外はホコリまみれだがな、ククク。」




 笑いながら近づいてきた『ご主人様』の姿は、17歳くらいの少女だった。




「自己紹介がまだだったのを忘れていたな。アネッツァ、『アネッツァ・インテナード』だ。魔法薬学研究をしている。まあ気軽にマスターと呼ぶがいい、よろしく。」




 僕と先生の手を握ってどこか怪しげに微笑むマスター。






 なんだか色々と不安だけど……とりあえず、異世界に来てすぐ、安定した生活にありつけたのは幸運なのかもしれない。


 これも異世界の神の導きなのか、それとも……




「ああそれと、重ねて言うが、アタシはお前たち『異世界の人』が『何を知らないか』には本当に興味が無いんだ。だます気が無いからな。しかしお前たちが『何を知っているか』には、非常~~に興味がある。異世界より神の使命を受けて我々の世界に降りたつと伝わる『異世界の人』…実に楽しみだ…。」




 ……不幸の前フリだったのかもしれない……。

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