第4話 ヒロインの前に悪役令嬢と出会ったよ

聖ローゼン学園の門の前に仁王立ちで腕を組み、あおいはこれから起こるヒロインと攻略キャラ達のキャッキャウフフなハプニングに偶然を装ってどう見てやろうかと意気込んでいた。

そんなあおいの肩をポンポンとヨハンが叩いた。


「姉さん、何も持たずに手ぶらで馬車から降りて、見慣れた学園の裏門を何故嬉しそうに見てるんですか? 」


ヨハンは振り向いたあおいにキャリーケースを渡した。

あおい達を学園まで乗せて来てくれた馬車は既に屋敷の方向に向かっていた。


「あれ、荷物とか……部屋まで運ばれるとかじゃないんだ」

「……何を言ってるんですか、姉さんは。

今日から学園に通う僕が勘違いしていたのならいいかもしれませんが、一年も早く通っていた姉さんからそんな発言が出てくるなんて……心配ですね、本当に」


あおいは気まずそうに目を泳がせると、ヨハンは深い溜息をついた。


そうだ、確かに学園の設定本に説明があった。

学園では貴族平民隔たり無く、平等に教育を行うのは勿論のこと生徒一人一人の対応も平等。

それでもこうやって貴族出身の生徒はどうしても馬車で来るから、平等の精神を保つ為に貴族出身の生徒は裏門から学園に入らなくてはいけない。

自らの荷物も使用人が部屋まで運ぶこともないし、学園内では常に平等に扱われる。

の言葉がすごく強調されていて、設定を読むのが途中であおいは怠くなったのを思い出した。


「悪ぃ……いや、ごめん。

荷物持ってきてくれたんだね、ありがとう」


義弟ヨハン意外と優しいところあるじゃないかとあおいはキャリーケースを受け取ると、ヨハンは満面な笑みで口を開いた。


「いや、忘れてるのなら馬車の中に置いてってやろうかと思ったのですが、

そうしたら姉さんが可哀想かなって思って」

「今、言った感謝の言葉を撤回してやりてぇー」

「はははっ、本当は姉さんもそんなに口悪かったんですね。

姉さんこそ顔に性格の悪さが出ない様に気を付けてくださいね? 」

「ヨハン、さっきの根に持ってるだろう……

心配されなくても普段こんな口調で人と接しません。

おしとやかに花を愛でる様に可憐に学園で過ごしていくからねぇ~」

「おしとやか……とりあえずその仁王立ちをやめてからそういうこと言ってください。

説得力ないですよ? 姉さん」


あおいは足を閉じると、制服のスカートを整えた。

そう、今は相澤 あおい(男)じゃないのだ。

フェイ・ヴィルヘルム(女子)なのだ。

そういうところから気を付けていかないといけないのに、男の性だったときの日常的な動作が出てしまい、あおいは反省した。


「でも、前の姉さんよりは今の姉さんの方が僕は接しやすくて好きですよ。

いつも周りの顔色ばかり窺って、言いたい言葉を飲み込んでますみたいな顔に僕イライラしてたので」

「あー……そっか。

やっぱりそうだったのか……フェイ」

「何か言いました? 姉さん」


あおいがぽつりと言った言葉にヨハンは首を傾げる。


「いや、別に。

ほら、あれだよ。

新学期だし、これからは素直に思ったことは言ったり、自分にも正直にストレス溜めない様に過ごそうと思ってね」


フェイがどんな感じで学園生活を過ごしていたか分からないが、ヨハンに言ったみたいに中身は既に相澤 あおい(男)なのだから、先程の様に無意識でボロが出るかもしれない。

極力気を付けてはいきたいが、新学期を期にイメージチェンジしたみたいにしておいた方が自然に過ごせるだろうとあおいは自身の中で納得した様に頷いた。


「へー、いいんじゃないですか?

僕はここでも猫被っていきますけど、たまにストレス溜めない様に姉さんを見かけたら話かけていこうかと思います」

「いいよ。

……ん? ヨハン今、なんつった? 」


あおいは考えごとをしながら反射的に答えてしまったが、今ヨハンが決してフェイに対して言わないであろうことを言った気がした。


「今、学園内で私のこと見かけたらって言った? 」

「あぁ、はい。

いいでしょう、姉さん? 

僕もたまには猫被りたくないときがあるんです。

今の姉さんならまともに会話できそうですし」

「さっき仲良くしたくないみたいな雰囲気で辛辣みたいなこと言ってたのに、急にどうしたヨハン」

「昨日までの姉さんなら僕は学園でもあまり関わりたくなかったですし、姉弟だと周りに思われたくなかったので、学園ではファミリーネームは名乗るつもりはなかったんです」

「だけど、流石にファミリーネームは学園生活してればどこかのタイミングで呼ばれると思うから、隠しきれないと思うけど……」

「僕もファミリーネームを隠すのは簡単ではないと思ったんですが、事前に学園に問い合わせたら可能でした。

あとで、取り消してもらわなくちゃいけないよな」

「え……可能だったの? 

本気で? 」


あおいはヨハンの言葉に驚いた顔をした。


ヨハンがヴィルヘルム家のことを好きではないとは設定で知ってはいたが、それにしてもそこまで徹底して隠そうとするのは、それ相当の理由があるらしい。

ヨハンは確か三回目のプレイで攻略したから理由を何かしらユリスに言っていた気がするが、正直覚えていない。


「……いいや、そんなこと俺が気にしなくても良くないか?

ユリスがヨハンに事情を聞くことによって好感度イベントの一つになるわけで、気になりはするが……! 」

「さっきから姉さん、頭抱えてブツブツ何言ってるんですか?

言ったでしょう?

前の姉さんよりは今の姉さんの方が僕は接しやすくて好きですよって。

話しかけてもいいですよね、姉さん」


ヨハンは先程とは違い、柔らかい表情で笑うと、あおいにそう言った。

あおいの内心は正直乱れている。

同性ではあるが、今のあおいは一応異性みたいな立ち位置だ。

そんな弟みたいな可愛い顔を向けられたら、普通にキュンとする。

流石、乙女ゲームの攻略者の一人。

顔が良いんだよ……泣こう。


あおいはハッとすると、ヨハンから顔を背ける。


「好きって、そういうのは姉じゃなく、ユリ……可愛い女の子に言ってくれ。

とりあえず、まぁ、いいよ。

話しかけても……でも、ほら友達とかお互い居るだろうし、そんな話すこともなくなるのではないかなぁーなんて」

「姉さんって、親しい友人いませんでしたよね確か。

屋敷にも今まで呼んだことないですし、セシアや義母と義父に聞かれても話を逸らしてましたし。

朝食の際、女学友と会話に花を咲かせるなんて言っていた時、不思議に思ってはいましたけど」


義弟からどんどんフェイの衝撃的な事情を隠さず言われ、あおいも頭の中で一生懸命フェイの記憶を辿る。


「言われて見れば……友人の名前思いつかない。

一年間教室と寮。

たまに時間があるときは図書館の往復をしていた記憶しかない……だと? 」


フェイ・ヴィルヘルム。

君はどんな学園生活を送っていたんだ。

いじめられていたとかの記憶はないからいじめられて孤立していたとかではないだろう。

本当に新学期から本気のイメージチェンジじゃないか…これ。


あおいは学園生活の楽しみにしていた反面、不安な気持ちが少し生まれながらも、キャリーケースを引いて、ヨハンと共に門を潜った。



◇◇◇◇◇◇◇◇



あおいは寮の部屋の前で、険しい顔をして立っていた。

生徒達の多くは家族から離れて暮らすことが初めての者が多く、寮生活を通じて自らの自立と成長、生徒たちは学園内以外にも同じ時間を過ごす時間が多くなり、交友関係がつくり易くなる。

友人も出来ることにより、学園生活をより充実させることができるということだ。

あおいはもう一度部屋の前に自らの名前が書かれているプレートを見ると、溜息をついた。


確かゲームでは寮は2人部屋という設定だった。

寮内でも攻略者とハプニングが起こるであろう主人公のユリスでも珍しいことに2人部屋設定だった為、プレイしていた際は驚いた覚えがある。

しかし、後日その同室の女生徒は本当は攻略者の一人でした。という展開にはなるのだが、そこはまた後々詳しく話そう。


「フェイ、1人部屋ってどういうことだってことよ……」


プレートには《フェイ・ヴィルヘルム》の名前しか明記されておらず、もう一か所は空欄になっている。


「何故。

いや、もしかしたらフェイの学年の年は人数が奇数だったのかもしれない。

どんな基準で部屋割りをしているか分からないが、名前や苗字からしてもフェイ・ヴィルヘルムはハブれにくそうだが……濁点はワ行の後になるってことか?

それなら、わからなくもないけれど」


ヨハンの言っていた事と既にある記憶通りだと、フェイは基本学園内では独りでいることが多い。

学園内では独りだったとしても、流石に寮は2人部屋なのだからルームメイトの子とは話すことくらいしているだろうなんて、期待は少しはしていたが、現実はコレである。


あおいはずっと部屋の前に居ることも出来ない為、部屋のドアを開いた。

部屋の大きさは2人用の広さになっており、机の他にベッドが置かれている反対側の壁にはフェイのものらしい本が山の様に積まれている。


「色々散らかってはいるが、それにしてもやっぱり寂しい部屋だよなぁー……」


あおいはキャリーケースを机の脚の側に置くと、ベッドに腰かける。

部屋に向かっている最中、あおいは寮に引っ越してきた生徒達の部屋を多く見かけた。

それらの部屋の雰囲気を感じた後にこの部屋を見ると、春の陽気で暖かいはずなのに肌寒く感じてしまいそうになり、あおいは首を振った。


「よ、よーし!

とりあえず新学期の初めの目標決めました。

友達一人くらいは作ろ! 」


あおいはフェイが今まで独りを貫いて来たのなら独りでもいいかなっと初めは思っていたが、それでも思っていた以上に精神的に切ない気持ちに耐えられなくなってしまった。


コンコンと、部屋のドアがノックされる。

あおいは、ベッドから立ち上がると、急いで扉を開けた。

開けた扉の先にはふわりと綺麗な長い巻き髪に小さな宝石が散りばめられているカチューシャを付けた少女が立っていた。

あおいはその少女の顔を見ると、目を大きく見開き、驚いた顔をした。


コバルトブルーの瞳に髪色と同じ薄いベージュの長い睫毛。

きめが細かい白い肌に頬が少し薄い紅色をしている。


「ごきげんよう、フェイ・ヴィルヘルム。

寮をまだ出ていない生徒は貴女とワタクシだけです。

講堂前の庭園で新入生の式が始まります。

行きましょう」


「エレノア・フランツ?! 」


エレノアと呼ばれた少女は不思議そうに首を傾げる。


この乙女ゲーム世界にも王族に属する攻略キャラクターがいる。

まだその攻略キャラクターをあおいは見かけてはいないが、そのキャラクターの攻略ルートに登場し、ユリスに嫌がらせをしたことにより、結果的に婚約破棄されてしまう悪役令嬢 エレノア・フランツ。


まさか、ヒロインの前に悪役令嬢に会うなんて……

いや、俺がこの子を怪訝にしていたら、おかしいよな。

フェイとエレノアは同じ学園の只の同級の関係なワケだし、わざわざ部屋まで親切に呼びに来てくれたってことだもんな。


「ごめんなさい、少し驚いてしまって。

エレノア……さん? 

呼びに来て頂きありがとうございます」


あおいはエレノアのお礼を言うと、頭を下げた。


「……いいえ、私は2学年の寮長ですから。

残っている寮生がいないか確認するのは寮長としての仕事です。

さぁ、急ぎましょう」


「はい! 」


あおいは顔を上げ、大きく頷くと、新入生の入学式が行われる会場にエレノアと一緒に向かった。











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