第3話 猫かぶりも一周まわったら可愛らしくも思えるね、なんて誰が言った?


ガタン ゴトン と四輪の箱型馬車に揺られながらあおいは馬車の窓から外の景色を見ていた。

この馬車の行先は乙女ゲームの主な舞台である聖ローゼン学園、略して

貴族平民隔たり無く、平等に教育を行う全寮制学園。


フェイがヴァルヘルム家に戻っていたのは冬期休暇中だったからであり、フェイは本来学園の寮で他の生徒同様生活をしているようだ。

ヒロインのユリスも寮生活をしていた。

そこで攻略キャラ達とLoveなハプニングやLikeなストーリー展開がヒロインのユリスには待ち構えている。


寮はちゃんと男子と女子で別の棟である。

しかし乙女ゲーム特有の設定でちゃんとは起こる。

さて、冬期休暇も終わった本日は聖ロゼ園では入学式が行われる。

今あおいの向かい側に座る義弟ヨハン・ヴィルヘルム。

そしてヒロインであるユリスも新入生として入学してくる。


この乙女ゲームの世界は二つに分かれている。

表は人が住む地上の世界

地上の裏側には人ではない者が住むがある。


千年以上前に二つの世界の境界が歪み、それぞれの世界に別の世界の邪気が入り込んでしまい、悪影響を及ぼした。

地界にとって魔界の邪気は悪いモノで魔界にとっても地界の邪気は害になる。

その二つの世界を繋ぐ扉を鍵を持つ女神と三人の女神を守る騎士が封印したらしい。

その扉が時が経ち、何者かによって開かれてしまう。

女神の生まれ変わりであるユリスが学園で三人の騎士と運命の再会を果たし、扉をもう一度封印する。みたいな物語だ。


そう、察しが付くと思うが三人の騎士の他に魔界の魔王的な位置に属する者達が

女神であるユリスを取り合うバトルも有りのファンタジー恋愛ゲームなのだ。


あおいはフフッ……と不気味にほくそ笑んでいると、ヨハンが口を開く。


「朝食の際の姉さんが言っていたことですが」

「ん? あぁ、あの母様達に言ったことね。

ヨハンもその方がいいで……」


あおいの発言に被せる様にヨハンは口を挟む。


「昨日は僕が迷惑しているのにしつこいくらい仲良くしようなんて言っていた偽善者の良い子ちゃんな姉さんにしては、珍しいことを言いましたね」

「お、おう? 」


ヨハンはあおいを馬鹿にしたような顔をすると、口角を上げて笑った。


この義弟ヨハン、本当に屋敷から出発する前に家族と使用人に笑顔で接していた男と同一人物か?


あおいはあのときのヨハンのことを思い出していた。

あおいが急いで支度をして馬車が待つ場所に向かうと、両親と使用人、ヨハンが待っていた。


「あぁ、フェイ! 

心配したわ。

どうしたの、体調がすぐれないの? 」

「いや、大丈夫です。

お母様……」

「やはりセシアはお嬢様の体調の変化を気づけない様な駄目なメイドなのですぅ!!

申し訳ございません旦那様、奥様!

セシアは……! セシアは! 」

「いいや、セシアのせいではない。

私共が愛娘の変化に気づけなく、親として恥ずかしい」

「うっ、旦那様。

なんてお優しいお言葉……! セシアは幸せ者です」


遅れてきたあおいを両親とセシアは極度に心配していたが、ヨハンは爽やかな笑顔であおいの手を取った。


「ご心配ありません。

学園でも姉さんを僕がこれからも気にかけていきます。

皆さんは安心していて過ごして下さい。

また長期休暇戻ってきたら、学園での話をお土産に持ってきます。

ね、姉さん」

「う、うん」


あおいは瞬きを繰り返すと、ぎこちなく頷いた。

メイド達はヨハンに対して頬を染め、目を輝かせる。

母親は安心した様な顔をすると、笑顔をヨハンに向ける。


「そうね、ヨハンは頼りになるわ。

フェイをよろしくね、ヨハン」

「はい、義母様」


その後もエスコートする様に馬車にあおいを先に乗せると、屋敷が見えなくなるまで爽やかな笑顔で両親達に手を振っていた。

なのに、今のヨハンは正反対の態度をあおいに向けている。

あおいは口角をぴくぴくと動かすと、笑顔を一生懸命作ろうとした。


「困った時にすぐ笑顔になりますよね、姉さんは。

誰にでもそうやって表情を向けて、使用人にも気を使わせてますし。

あぁ、でも別に使用人達も迷惑はしていないと思いますけど、薄々鬱陶しいとは陰では思っているかもしれませんね」


猫かぶりも一周まわったら可愛らしくも思えるね、なんて誰が言った?

……奥さんだなぁ。

奥さん言ってたな。

普段は猫を被っているヨハンが、段々と親しくなるにつれて自分だけに見せる本当の顔とのギャップにニヤリと口角が歪んでしまうと言っていた。

なんだそれ、と思ったが今も思う。

どこら辺が可愛らしく思えるんだ。


あおいは大きく溜息をつくと、揃えていた両足を崩した。

そして満面の笑みをヨハンに向けた。


「ヨハン、フェイお姉様が今日こそ正直に言わせていただくわ。

昨日仲良くしましょうって言ったのはヨハンが初めての学園で心細いかなっと気を利かせて優しく言って差し上げただけで、本心はお前みたいな義弟と極力仲良くなんてしたいわけないだろうが。

でもこれだけは言わせてもらう、その性格の悪そうな発言がいつかその整った顔ににじみ出てくるから直した方がいいんじゃないかな。

学園でも隠して猫被っていくかもしれないが、いつかボロが出るぜ?

優しい優しいお姉様からの忠告を有難く頭の隅にでも入れとけ」


あおいはそう言うと、ヨハンは驚いた様に目を丸くする。

あおいも言っていた途中から女の子らしからぬ言葉遣いをしたなっと思ったが、出てしまった言葉を撤回する術はもうない。

しかし、あおいは言った言葉に何故かすっきりしていた。

きっとこの身体の持ち主であるフェイ・ヴィルヘルムが自らの中で溜めていたモヤを吐き出したからだろう。とあおいは勝手に思うことにした。


「まぁ、優しい両親の前では仲良くしましょうね、ヨハン」


馬車が停まると、扉が開く。

あおいは馬車から早々に降りると、目の前に学園の正門がそびえ立っていた。

周りの馬車からも学園の生徒達がどんどん学園に足を踏み入れていく。


「よし、学園生活楽しむぞ! 」


あおいは右腕を挙げると、拳を空に向かって握った。

馬車に残されたヨハンはそんなあおいを見て、ふっと笑った。


「姉さんも十分僕と同じく猫被りですよ」

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