03 色のない世界の中で








 翌日の放課後。

 塾が終わると、急ぎ足で駅へと向かった。


「よっ」

「こ、こんばんは」


 彼は、昨日と同じ場所にいた。

 壁にもたれ、スマホをいじっている。


 昨日と違ってメガネはかけていないし、ギターも持っていない。


「今日は、手ぶらなの?」

「うん。昨日は路上ライブの許可とってたんだ。

 あ、昨日の売上。半分こした」


 そう言って彼は、封筒ふうとうを手渡してきた。


「売上?」

「ギターケースに入ってたお金」


 受け取ってひかえめに封筒の中をのぞきこむと、数枚の千円札が見える。


「え、多すぎない?」

「いつの間にか入ってた」

「こんなにもらえないよ」

「萌の歌でかせいだ金なんだから、俺だってもらえないよ。

 受け取りたくないなら募金ぼきんでもしたらいいよ」


 萌にとっては大金たいきんだったが、彼はなんでもないことのように言う。


 そして、ゆるりと萌に向き直って。


「なぁ、萌。俺と音楽、やろうよ」


 ストレートな彼の言葉に、萌は戸惑とまどった。


「待って。展開が急すぎる。

 そもそもわたし、あなたの名前も知らない」

「ふはっ! やっぱ、気付いてなかったんだ」


 彼は、深くかぶっていた帽子をスッとあげる。


「同じ中学の、山瀬やませ りつ。まぁ、いま学校行ってないけど」


 なんとなく、見覚えがある顔だった。


「ヤマセ……えっ、ヤマセくん?」


 それよりも、塾で同級生が話していたうわさを思い出し、萌はふたたび戸惑う。


「じ……自殺したって、聞いてた……」

「なにそれ、ひでぇ!!」

「ご、ごめん。うわさで聞いただけだから……」


 一瞬ユーレイかと思ったけど、そんなわけはない。


 山瀬やませ りつくん。

 いつからかはわからないけど、今は学校には来ていない、いわゆる『不登校ふとうこう』の子。


「だからわたしの名前、知ってたの?」

「友達に呼ばれてるの、聞いて。苗字は知らない」

結城ゆうき 萌。一応、山瀬くんと同じクラスだよ」

「律でいいよ。

 そっか、クラス替えあったのか」


 2年になり萌と律は同じクラスになったが、律は一度も登校してきていなかった。


「なんで、学校……来ないの?」

「前のクラスでいじめられて。いじめられるために学校行くの、バカバカしくなってさ」


 萌がたずねると、律はあっけらかんと答える。


「そんな感じに、見えないのに……」


 明るいし、普通に会話もできる。

 どちらかというと、友達だって多そうなタイプだ。


「それは……」


 言いかけた時、律の手からスマホがすべり落ちた。


「うわ、落とした」

「え、割れてない?」


 スマホは、律の足元に落ちた。

 律がすぐに手を伸ばしたので、萌はその様子を見守る。


「どこだー?」


 けれど、律はきょろきょろと首を回し、地面を手探てさぐりしはじめた。

 まるで、暗闇の中で物を探しているみたいに。


「え、足元にあるよ」

「え? ……あ、ほんとだ」


 普通なら、見えないはずがない。

 しかし律は、萌に言われてようやくスマホを探しあてた。


「これだよ、いじめの理由。

 目の病気で、視野しやせまくなってるんだ」


 律は瞳をゆらゆら揺らしながら、スマホを拾い上げた。




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