04 差し出されたその手をとった時






「中学入った頃に病気がわかって。

 そこそこ進行してて、今はこれくらいしか見えてない」


 律は両手をそれぞれ『C』の形にして、双眼鏡そうがんきょうのぞくように目にあてた。

 萌も真似まねしてみる。


(こんなに、せまいんだ……)


 真正面は見えるけど、真横や足元は見えない。

 真横を見ようとすると、首を大きく振る必要がある。


「だからよく人にぶつかったり、挙動不審きょどうふしんになったり。

 そんなことしてたら、標的ひょうてきになっちゃった」

「そんな……」


 1年のうちはクラスも離れていたので、萌はそもそも律のことを知らなかった。

 律が不登校であることも、同じクラスになって初めて知ったくらいだ。


 毎日自分のことに精一杯で、同じ学年でいじめがあるなんてことも、考えもしなかった。


「萌? どっかいっちゃった?」


 律はすこし不安そうに、かすれた声で言う。


「いる、いるよ」

「よかった。夜はいまいちよく見えないんだ」

「なんて言っていいか……わかんなくて」

「だよな。その気持ちはわかる」


 律はこの1年、ずっと病気と向き合ってきたんだろう。

 人ごとみたいに笑う律を見て、萌はかなしくなった。


「目が見えない人の学校に通うかって言われたけど、まだ全然見えないわけじゃないしなーとか。

 学校行くより、やりたいこともあるし」

「やりたいことって……」

「音楽。

 ……って、本題を忘れてた」


 律はあらためて、萌に向き直った。


「萌、俺と音楽やろうよ」


 あまりにぶれない律に、萌はどう答えていいかわからない。


「音楽やるって……なにするの?」

「俺が楽曲を作って、萌が歌う。そんで、配信する」

「配信って、動画サイトでってこと?」

「そう」


 考えたこともなかった。

 歌いたい、という想いはあったけど、そんな大それたことをする勇気は萌にはなかった。


「無理、だよ。勉強もあるし、親が絶対ゆるさない」

「スキマ時間でできるよ。

 歌覚えて、カラオケ気分でちょちょっと収録しゅうろくするだけだ。顔も名前も出さなくていい」


 やんわり断ったつもりだったけど、律は引かない。

 それどころか、もっと口調を強めて。


「萌に、歌ってほしいんだ」


 真剣な表情で、萌を見つめる。

 こんな風に言われてしまったら、無下むげにはできない。


「なんで、そこまで?」

「なんでって、萌の歌が好きだからだよ」


 そして律は、つけくわえるみたいに、言葉を続ける。




「というか俺は、萌が好きだ」




 瞬間、やわらかい風が吹いた。

 周囲の、すべての音が消えた気がした。


「え……?」


 あまりにも唐突とうとつな律の告白に、萌は固まってしまった。


 初めて、男の子に好きと言われた。

 しかも昨日まで何者かも知らなかった、男の子に。


「あ、門限の時間、だいじょーぶ?」

「え、あ……そろそろ、かも」

「連絡先、交換しよ」


 何事なにごともなかったみたいに、律は話をすり替える。

 動揺どうようしながらも、萌はスマホを取り出した。


 連絡先を交換し、萌は律にたずねる。


「帰り、大丈夫? 近くまで一緒に行こうか」


 暗い中、律が1人で帰ることを心配したのだ。


「ううん。

 そろそろ兄ちゃんがむかえにくるから、ここで待ってる」

「お兄さんって、昨日の?」

「そうそう」


 昨日、警察官が来る前にけこんできたお兄さん。

 昨日も、この歩行者通路が見える場所で待っていてくれたらしい。




 律と別れ、萌は電車に乗り込んだ。

 律からの告白を思い出し、萌はぎゅっとくちびるをむすんだ。


(いきなり告白してくるなんて、びっくりした)


 ほとんど接点もなかったのに、一体どこを好きになったんだろう。

 考えても、答えは出なかった。


視野しやせまいって、どんな感覚なんだろう)


 着ぐるみの中に一日中いるような感覚だろうか。

 そんなの、萌にはえられない。

 耐えられないけど、律はあらがえないんだ。


 律の気持ちを思うと、心が苦しくなった。







「ずっと駅にいたみたいだけど、何してたの?」


 帰宅すると開口かいこう一番、お母さんが尋ねてきた。


 お母さんには、スマホのGPSで萌の居場所がわかるようになっている。


駅中えきなかの本屋にいたの。参考書、立ち読みしてた」


 門限までに帰ってきているのだから、できればGPSの確認なんてしないでほしい。

 けど、それを条件にスマホを持たせてもらっているので、当然文句は言えない。






 夜になると、律からメッセージが届いた。


✉―――

律〔 門限まにあった?〕

moe〔 まにあったよ!〕

律〔 よかった。〕

律〔 これ、萌に歌ってほしい曲〕

律〔 《曲00039・音声合成.mp3》〕

moe 〔 聴いてみます。ありがとう。〕

✉―――


 短いやり取りだけど、萌はなんだか暖かい気持ちになった。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る