さあ、盛り上がっていこう!

第5話 1

 ローダイン湖を安定化させて一週間ほど経ったある日。


 わたしはエリス様達と一緒に、魔属領を訪れていた。


「へ~、魔属領って、わたしもっとおどろおどろしいトコだと思ってました」


 魔王城が見下ろす城下街をエリス様とふたりで歩きながら、わたしはそんな感想を漏らす。


「おどろおどろしいって、どんなのを想像してるのよ」


 エリス様は呆れたように応じる。


 綺麗に石畳の敷かれた道路。


 レンガ造りの街並みは、王都のそれと比べても遜色ない綺麗な造りで、さっき見かけた公園では獣属と魔属の子が歓声をあげながら遊び回っていた。


 空を見上げれば、当然のように青い。


「例えば、空はもっといつも暗くて、雷がいつも鳴ってるような……」


「ああ、来客時はそうしてるわよ。

 ヴァルドスに預けてある常闇の宝珠は、環境制御用のアクセスポートでもあるから。

 でも、いつもそんなんじゃ、住民達が困るでしょう?」


 確かに、魔属ヴィランにだって生活があるもんね。


 いつも暗くちゃ、気が滅入っちゃう。


「あと、魔属ってもっと異形の人ばかりなんだと思ってました」


 絵本で出てくるような怪物の街って印象があったんだ。


 でも、実際は王都とほとんど変わらない。


 活気のある楽しそうな街だ。


「それも来客時にはそうしてるわ。

 <職業キャスト>によって、パワードスーツを着たり、バイオアームで腕を増やしたり。変わり種だとリキッドアーマーでスライム種に見せたり、ね」


 一口に魔属ヴィランって言っても、いろんな種属が存在する。


 身長が二メートル半はあるオーガー種や、手足の多いインセクター種。今、エリス様が挙げたスライム種なんかもそう。


 そういう多様なおとぎ話の怪物を、万能科学で再現しているのが魔属領なんだって。


「だから、お客様が居ない時は普通に暮らしてるの。

 四六時中、怪物フォームじゃ疲れちゃうでしょう?」


 エリス様の説明に、わたしはふんふんうなずいた。


 魔属のみんなは、ファンタジーキングダムの人達と違って、この星が遊戯惑星なのを知っている。


 知った上で、先祖伝来の職業として立派に魔属ヴィランを勤め上げてくれているんだって。


 魔属領に生まれた子も、十歳になると魔王――ヴァルドスさんが持つ宵闇の宝珠で洗礼を受けて、魔属領内での職業キャストを与えられる。


 ファンタジーキングダムと違うのは、それに加えて種属とそれに合った装備を与えられるって事。


 お客様が訪れる時は事前に通達があるから、それに合わせて接客体勢に入るんだって。


「今度、勇者コースのお客様があった時に来てみると良いわ。

 街中を異形が動き回ってて、ちょっとした見ものよ」


 そう説明しながら、エリス様は露店に立ち寄って、よく冷やした果物を串に刺したものを二本買った。


 そのうちの一本――パイナップルが差し出されて、わたしはそれを受け取りながら。


「お金もキングダムと共通なんですね」


 エリス様が露天のおじさんに手渡した数枚の小銅貨を見て、そう尋ねる。


「そ、ランド硬貨。この大陸での共通通貨ね。

 共通にしておかないと、お客様が困るでしょう?」


 魔属領を訪れるのは、魔王退治を目的とした勇者コースのお客様だけじゃない。


 中には魔属ヴィラン体験コースで訪れる人もいるし、冒険者コース中に迷い込んでしまうお客様もいる。


 そういう人達の為に、この大陸の通貨は共通の――金銀銅の三種にそれぞれ大小があって、計六種類に分けられたランド硬貨に統一してるんだって。


 バックヤード大陸では、既知人類圏ノウンスペースの共通貨幣であるクレジットキャッシュやクレジットチップを使うみたい。


 わたしも近衛としてのお給料が入ったら、クレジットキャッシュが専用口座に振り込まれるんだって。


 宇宙港やバックヤード大陸で使うもよし、ランド硬貨に換金してこっちで使うもよし。


 わたしの好きにしても良いって言われたけど、提示された金額がものすごくて、いまいち実感が湧いてないんだよね。


 セバスさんが言うには、大銀河帝国の平均的サラリーマンの三ヶ月分のお給料。


 前世も含めて、大きなお金を持ったことのないわたしは、それをどう使ったら良いのか思いつかないんだよ。


 ああ、でも一個だけは思いつてる。


 これまでのお礼ってことで、クラリッサやバートリー家のみんなに贈り物をしようかなって。


 せっかくだから、ファンタジーキングダムでは手に入らないようなものを、魔属領で探すのも良いかも知れない。


 バックヤード大陸や宇宙港のモノは、基本的にキングダムの人には渡せないからね。


 だから、精一杯のものを魔属領で探そう。


 そんな事を考えながら、エリス様が買ってくれた果物を齧る。


 見た目通りのパイナップルだ。


 よく熟していて、濃厚な甘みの中にすっきりした酸味が心地いい。


「おいしいです、エリス様!」


「こっちもおいしいわよ。ほら」


 そう言って、エリス様は自分の串を差し出してくる。


 えっと、これは一口食べても良いって事かな?


「ほら、早く食べてみなさいよ」


 メロンのような見た目の果実が目の前で揺らされた。


 エリス様が齧った痕の残る果実。


 自然にわたしの視線はエリス様の唇に向けられて、思わず顔が熱くなる。


 だ、大丈夫よ。ステラ。


 エリス様に深い考えなんてきっとないわ。


 本当に美味しかったから、一口分けてくれようとしてるだけ。


 だから、ほら、なんでもない風にパクっと行っちゃうの!


 ――えいっ!


 みずみずしい、それでいてとろけるような濃い甘さが口の中に広がる。


「ん~! 甘いっ!」


 思わず頬を押さえる。


 メロンはメロンだけど、これってアレだわ!


 前世、仲良くなった隣の病室のお婆ちゃんが分けてくれた高級マスクメロン!


 どっか有名な産地のものだとかで、あんまり美味しくてお婆ちゃんとふたりで黙々と食べたのよね。


「じゃあ、わたくしもおまえのを分けてもらうわね」


 へ?


 エリス様は髪を片手で押さえながら、わたしのパイナップルを齧り取った。


「あら、本当においしいわね。でも、わたくしはこっちの方が好みだわ」


 自分のメロンを振りながら、エリス様は楽しげに微笑む。


 メロンの甘さに一瞬収まっていた顔の熱さが、再び込み上がってくる。


「ふふ、やってみたかったのよ。友人と一緒にお互いのものを分け合うっていうの」


 そう言って、エリス様はわたしの手を取って歩き出す。


「さあ、デートはまだまだ続くわよ! ほら、ステラ、鉄板焼きですって。覗いてみましょう!」


 この状況は、まだまだ続いちゃうらしい。


 胸のドキドキが止まらない。


 わたし、このままじゃ途中で倒れちゃうかも……


「ほらほら、ステラ! 行くわよ!」


 エリス様はそんなわたしの気持ちなんて、まるで気づいてないようで。


 わたしの手を引いて、鉄板焼きの看板を掲げた露店に突撃するのだった。

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皇女様の幼女騎士は、今日も銀河を盛り上げます! ~異世界転生に憧れたわたしの転生先は、『スペース』付きのファンタジー世界でした。~ 前森コウセイ @fuji_aki1010

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