第4話 2

 ……夢を見た。


「あの子、ずっと入院してて可哀想よね……」


 それは、前世で入院していた病院の廊下での一幕。


「ご両親も大変そう……」


 偶然聞いてしまった、看護師さん達の立ち話だ。


「私が赴任する前からだから、もう三年?」


「その前から、入退院を繰り返してて……ご主人なんて、すっかり憔悴し切ってて、見てるこっちが辛くなっちゃう……」


 看護師さん達が、わたしの両親を気遣っているのはわかった。


 でも……でもさ。


 わたしだってツラかったんだよ?


 入院費を工面する為に一生懸命働いて……日に日にやつれていく、お父さんとお母さん。


 滅多にお見舞いに来れないのは、ふたりとも仕事を頑張ってくれてるからだって、よくわかってた。


 ……正直、何度、自分が居なければって思ったかわからないよ。


 けど、ふたりとも言うんだ。


 ――生まれてきてくれてありがとう、って。


 そんなふたりに、弱音を吐くことなんてできなかった。


 だから、自分が余計に情けなくなる。


 ――わたしは……なんにもできない、役立たずだ……





 ……意識が浮上する。


 色とりどりに旋回するローカルスフィア達の海の中で、わたしはぼんやり漂っていて。


『――だから、あんな小さい子を近衛になんて、無茶だったんだよ!』


 ユニバーサルスフィアに接続されたローカルスフィアの一つが、そんな事を言う。


 わたしは思わず身を縮こまらせた。


『でも、海賊団を撃退したじゃない!

 今回はたまたま、調子が悪かっただけでしょ……』


 別のローカルスフィアが反論してくれる。


 議論しているローカルスフィア達は、ひとつのムービーアーカイブを囲んでいて、その内容は、わたしがティアちゃんに負けた、あの時のものだった。


『出たよ、ニワカが』


 さらに別のローカルスフィアが嘲笑混じりに返す。


『良いか? あの程度の海賊団なら、帝国騎士なら普通に撃退できるんだって。

 近衛だから撃退できたわけじゃない』


 その言葉に、わたしの胸がズキリと痛んだ。


 わたしじゃなくても……


『むしろ俺は、帝国十三騎士の誰かを近衛にすべきだったと思うんだよ』


『それな。そうしてたら、あんな子供相手に遅れを取る事なんてなかったはずなんだ

 知ってるか?

 ローダイン浮遊湖周辺復興の為に、どれだけのスタッフが徹夜してるか。

 ――あんな子供を選んだ所為で、こっちはいい迷惑だ!』


 その言葉は、エリス様の判断自体が間違っていると言っているように思えて。


 わたしはまた、情けなさに涙が出そうになる。


『で、でも、相手は管理外量子転換炉クォンタムコンバーターも持っていたし……』


『それはステラも一緒だろう?

 おっと、ロジカルウェポンを持ってるのも一緒だぞ?

 同じ条件で負けたんだから、やっぱりあの子は近衛に向いてなかったんだよ』


 ――近衛に向いてない。


 その言葉が、わたしの心をさらに深く抉った。


『なんだよ、おまえ。

 前はロリっ子近衛爆誕! とかはしゃいでたクセに!』


『いや、この星が狙われてるのに、そんなふざけてられねえだろ!?

 現実問題、防衛戦力を考えるなら、やっぱり実績のある騎士の方が安心できるだろう?』


 ……実績。


 海賊撃退が騎士なら誰でもできるなら。


 わたしの実績なんて、あってないようなものだ。


 ……前世では役立たずどころか、両親に苦労ばかりをかけていたわたし。


 そして、転生した今は……せっかくエリス様に期待されてたのに、わたしはそれを裏切ってしまった。


『――エリシーアナ殿下も今頃、がっかりしてるだろうさ!

 目をかけた近衛が、あの程度だったんだからな!』


 ――やめてっ!


 ……目を開く。


 気づけば、わたしは病室のベットで汗だくになっていて。


「……わたし……わたしは……」


 涙で滲んだ目で窓の外を見れば、前庭でくつろぐ入院患者や、ベンチで遅いお昼を食べてる看護師さんが見えた。


 そんなに長い時間眠ってたわけじゃないみたい。


 でも、ずいぶんと長い間眠っていたような気だるさがあった。


 ――エリシアーナ殿下もがっかりしてるだろうさ!


「う、うぅ……」


 目覚める直前に聞こえた言葉。


 あれは多分、夢じゃなくて。


 無意識に接続してしまったユニバーサルスフィアから、<近衛騎士>さんが現状認識の為に集めてきた情報。


 思わず嗚咽がこぼれた。


 泣くべきじゃない。


 負けたのは、わたしが弱かったからなんだから。


 ――ご主人なんて、すっかり憔悴し切ってて、見てるこっちが辛くなっちゃう……


 前世の看護師さんの言葉が、頭の中で蘇る。


 ――エリシアーナ殿下もがっかりしてるだろうさ!


「わたし、生まれ変わっても、また誰かに迷惑かけてる……」


 そう、口に出してしまえば、涙が止まらなくなった。


 真っ白で静かな病室は、嫌でも前世を思い起こさせて、わたしが役立たずなままなのだと自覚させられる。


「ダメだ。わたし、これ以上、エリス様に迷惑かけらんないよ……」


 近衛の任命は一生に一度。


 いまさら近衛を取り替えるなんてできない。


 わたしの評判は、そのままエリス様のものになってしまって。


 今後もずっとずっと、役立たずなわたしのせいで、エリス様は批判されるんだ……


 わたしは肘裏の点滴を引き抜いて、ベットから降りる。


 前世と違って、今世の身体は丈夫さだけは人一倍あるから、もうすっかり動くことができた。


 ぺたりと床に触れた足裏が冷たくて。


 わたしは涙を病院着の袖で拭って、ベッド脇のスリッパを履く。


 壁際のロッカーを開けば、クラリッサが用意してくれてた着替えが掛けられていた。


 ファンタジーキングダム風ではなく、バックヤード大陸の水準に合わせた、ふんわりした生地のパーカーに、プリーツたっぷりのスカートだ。


 きっと退院したら、観光案内でもしてくれるつもりだったんだと思う。


 ……ごめんね。クラリッサ。


 せっかく用意してくれたのに。


 心の中でクラリッサに謝りながら、わたしは手早く病院着から着替えて。


 そして、そっと病室を抜け出す。


「……さよなら。エリス様……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る