皇女の騎士になるって決めたから

第4話 1

 目覚めると、わたしは真っ白な部屋のベッドに寝かされていた。


 手首にはよくわからない器具が着けられ、肘裏には点滴が施されている。


 ――病室。


 伊達に前世の半分以上を過ごしてたわけじゃないから、すぐにわかった。


 ベッドの枕元には、タッチ式のホロコンソール。


 わたしの目覚めに反応して、勝手にカーテンが開いて、わたしは思わずビクっとなった。


 左手側の壁一面が窓になっていて、そこから見える高い高いビル群。


「……どこ、ここ……」


 てっきり海賊退治をした後に目覚めた時のように、宇宙港の医務室かと思っていたのだけれど、どうやらそうじゃないみたい。


 だって、空が見える。


 窓のすぐ下は、前世の病院のように緑地化されていて、芝生やベンチが設けられて、木々も見える。


 けれど、少し視線をあげた先――門の向こうからは、舗装された道路が伸びていて、向こうに見えるビル群に消えていく。


 ……ホント、ここ、どこだろう?


 わたしが首を捻っていると、ドアがノックされて看護師さんとクラリッサがやって来る。


「あ……」


 わたしが起き上がってるのに気づいて、クラリッサは小さく驚きの声を漏らした。


「――ステラっ!」


 ベッドまで駆け寄ってきて、半べそ顔でわたしの名前を呼ぶ。


「あなた、二日も意識不明だったのよ!? 私、心配で心配で……」


「二日……そんなに経ってるんだ……」


 そんな話をしている間も、看護師さんは手慣れた様子で枕元のコンソールを操作して、ホロウィンドウでなにかチェックしてる。


「えっと、ここは? あのあとどうなったの?」


 尋ねるわたしに、クラリッサは目元を拭って。


「ここは、バックヤード大陸にある病院よ。

 あなた、生身で浮遊湖の崩落に巻き込まれたから、キングダムの病院じゃ対処できなくて……セバスさんの指示で、こっちに緊急搬送されたの……」


「……バックヤード大陸?」


「ええとね――」


 クラリッサが言うには。


 わたし達が暮らしていたファンタジーキングダムと魔属領のあるファンタジーランド大陸が、この惑星の表の顔――お客様向けの大陸だとすると、バックヤード大陸は裏の顔――スタッフ専用の大陸になるのだという。


 ファンタジーランド大陸のほぼ真裏にあり、大銀河帝国水準の文明基準の街並みが整備されていて、サーノルド王国から派遣されてきたスタッフ達向けの保養施設が数多く設けられているのだとか。


 また、宇宙港で使われる食料や資源の採掘なども、この大陸で行われていて、まさに表の顔を支える裏方バックヤードとして機能しているらしい。


 わたしが運び込まれた病院も、大銀河帝国水準の高度医療が可能な施設だそうで。


「――<近衛騎士>の自動防護機能があったとはいえ、危ないところだったんですよ」


 と、看護師さんがホロウィンドウをこちらに向けて、わたしの症状を見せてくれたけれど、専門用語だらけでよくわかんなかった。


 少なくとも、今は痛いところもないし、峠は越えたって事だと思う。


「バイタルは問題なし。記憶や意識もはっきりしてるようですし、念の為、今日はゆっくりして明日、検査で問題なかったら退院できそうですね」


 そう告げて、看護師さんは病室を去っていく。


 クラリッサはベッド脇に設けられた椅子に腰掛けて。


「――なにがあったかは、あなたの記憶ログ解析で知ってるわ」


 海賊達から情報を得る為に、彼らの記憶を読み取っていたから、そういう技術がこの世界にあるのは知っている。


 わたしが眠りこけている間に、状況を把握する為にそうしたということだろう。


「エリス様とセバスさんは、敵――ドクターサイコの目的が、この星のメインスフィアハロワの強奪にあると結論づけて、対策を立案中よ」


「――あの異形ミュータント、そんな事言ってたね」


「ヒトの進化……それがなにを指すのかはわからないけれど、メインスフィアハロワを失ったら、この星はおしまいよ」


 剣と魔法のファンタジーな世界観を維持するため、この星の環境維持の多くは、メインスフィアハロワの制御に頼っている部分が多いみたいで。


 ローダイン浮遊湖でさえ、湖の周囲を覆っていた森林地帯が湖底に沈むほどの被害が出たのだという。


 メインスフィアを失ったのなら、そういう異常現象が惑星全域で起こってしまう。


「幸いなのは、メインスフィアハロワに直接接触するためには、ふたつのアクセスポータルが必要になるという点ね」


 現在、エリス様の指示で、各地のアクセスポータルの警備が増強されているのだと、わたしはクラリッサから説明を受けた。


 同時に宇宙港での入港チェックも、より厳重なものになったそうだ。


「とにかく、今日はゆっくり休みなさい。

 目覚めたとはいえ、本当にひどい状態だったんだから。

 また来るわね」


 そう言い残して、クラリッサは去っていった。


 病室にひとり取り残されて。


 ベッドに寝そべったわたしは、深い深い溜息をつく。


 心が――現状を理解してようやく実感した。


「……そっかぁ」


 涙が自然に溢れた。


 クラウフィードには圧勝だった。


 海賊達の艦隊を相手にした時だって、ぜんぜん怖くなかったし、実際に勝てたんだ。


 エリス様がくれた、わたしの力は……無敵なんだと思ってた。


 そして、わたしはそれをうまく使いこなせてると思ってたんだよ……


 ……でも。


「……わたし、負けちゃったんだぁ……」


 溢れる涙が止まらない。


 喉が狭まって、自然に嗚咽が漏れた。


 心と感情がぐちゃぐちゃだ。


 前世で自分の死を悟った時だって、ここまで感情を昂ぶらせてはいなかったと思う。


 ……ティアちゃん。


 お友達になれると思った。


 ううん。お友達だったはずなんだ。


 でも、あの子は実はお父さんの言いなりで。


 ……わたしの言葉は届かなかった。


 ――ティアちゃんの無邪気な声と、遊び気分で放たれる必殺の一撃の数々。


 あの子は、本当に遊びのつもりで――わたしを殺そうとしてた。


 そして、わたしはそれに対応しきれなくて……


 ――負けた。


 しかも、あの異形ミュータントには、情けまでかけられた。


 込み上げてくる、悔しさと無力感。


「――なにが近衛だよぅ……」


 エリス様の役に立つどころか、エリス様が大切にしているこの星を、危機に晒してしまっている。


「わたし……どうしたら……」


 答えなんて出ないまま……


 わたしの意識は、再び闇の中に溶け込んでいった。

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