ここは(今更)譲れない その4

 そして話は“王位継承者選抜の儀”前夜。


「いよいよだな……」

「っスね」


ほんの数ヶ月とはいえ、一つの目標に向かってともに邁進まいしんした二人。確かな信頼関係があります。

しかしそれでも、王子の顔にあるのは興奮や武者震いばかりではありません。


「……」


王宮の自室、窓から街を見下ろす横顔には、確かに憂いや不安が浮かんでいます。それらを夜風に溶かしてしまおうとでも言うように、彼はポツポツ言葉を紡ぎます。室内で椅子に座っているナオキさんへ、背を向けたまま。


「ナオキの教え、おまえほどではないにしても、ある程度身に付けたつもりだ」

「テオさまは立派っス。俺から言うことはねぇ」


ナオキさんの言葉に、へつらいの色はありません。本心から彼の実力を認めています。

しかし王子も、簡単に緊張がほぐれるものではありません。何せ、今後の一生を決めてしまうような日々が始まるのですから。


「もし私がヘマをして負けそうになったら、手間をかけさせるが、よろしく頼みたい」

「任せてくださいよ。安心して」

「殺し合いではないのだ。決着がついていない状況でも、審判が負けと判じれば負けてしまう」

「大丈夫っス。王子はもちろん観客全員、ヒヤリともさせません」

「うむ……」


王子はようやく、ゆっくりとナオキさんの方へ振り返りました。そこには信頼と決意が満ち溢れています。


「頼むぞナオキ。私はこの時のために生きてきた。たとえこの先、どれだけ人生の勝負が待ち受けていようと、この戦いだけは、負けるわけにはいかない……」


言葉は要りません。ナオキさんは力強く、頷き返すのでした。






 翌朝。運命の戦いが幕を開けました。大きな闘技場には、王はもちろん家臣の上士下士、市井の民たちまで大勢のギャラリーが詰めかけています。

王子とナオキさんも観客席にはいませんが、出番が来るまでは控え室で観戦です。



 長い長い(ので内容が分かりません省略)王の式辞が終わり、進み出てきたのは男女ペアと男性ペア、そして神官にも審判にも見える人。


「これよりっ! “王位継承者選抜の儀”を開始するっ! 一回戦第一試合! 第二王子コルコ対第八王子パサニキス‼︎」


「やっぱり女性も『王子』なの、慣れねぇなぁ」


ナオキさんが独り言を呟く横で、王子は険しい顔を浮かべています。


「姉上……」

「姉上、って、弟は心配してやらんでいいんスか?」

「私の本当の兄弟はな、ナオキ。同母のコルコ姉上だけだ。口にこそが、私はいつもそう思っている」

「そうっスか……」


今度はナオキさんが渋い顔。決して複雑な家族関係について思うところがあるとかではなく。


「しかし、テオさまは愛おしく思ってるか知らねっスけど、目下もっか最大の障害は、あのコルコ姉さまっスよ」


当のコルコ姫の隣には、もみあげと顎髭が繋がった屈強な大男。相手方の戦士より二回り大きい盾と、1.5倍は長そうな槍を携えています。


「実力だけで軍団総督にのし上がった、『天国の門』アイオニロイ。絶対的、とまでは言わねぇが、トーナメント参加者じゃ一、二を争う実力者っス。もちろん、俺を除いて」

「うむ、双璧たるヘパトースがこちらの山(※トーナメントの)に入ったことを考えると、決勝まで上がってくると見ていいだろう」

「そゆことっス。いざとなったら『大好きなお姉さま』とか言ってる場合じゃねっスからね」

「ふっ」


王子は不敵に笑うと、



「そこまでぇ‼︎ 勝者! 第二王子コルコ‼︎」



強敵の勝利を見届けてウォーミングアップへ向かいました。






「はじめっ‼︎」

「『ファイアボール』!」

「「グアアああああ!!!!!」」

「勝負ありっ‼︎」

「……」


まぁ、ナオキさんが初手で完封、ウォーミングアップは無駄に終わったんですけども。






 そして一週間後、決勝を明日に控えた夜。そのまま難なく勝ち残ったお二人。

相手は予想どおり第二王子コルコ姫とアイオニロイのコンビ。


「いよいよだな……」

「っスね」


いつかと同じようなシチュエーションで、同じようなやり取りをする二人。


「ま、大丈夫っスよ。安心してください。『天国の門』も瞬殺してみせますから。テオさまの王位継承は堅いっス」


一昨日くらいに双璧のヘパトース氏も秒殺したナオキさん。誰の目にも勝者は明らかで、早や甘い汁を吸おうと王子に擦り寄る家臣の列ができるほどでした。


しかし、いつかと同じように街を見下ろしていた彼は、頼もしい相棒に相槌を打ちません。

その代わり、ゆっくりそちらへ振り返りました。



「そのことだが、重大な話がある」



思い詰めたような表情で。

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