ここは(今更)譲れない その5

「……伺いましょう」


この流れには、さすがのナオキさんも緊張を隠せません。

この段に及んで急に「重大な話」というのもあるでしょう。しかし一番は、信頼関係をつちかってきた盟友の考えが読めない、という状況がそうさせるのでしょう。


対する王子も落ち着かないのか、椅子を引き寄せ、ぎこちなく座りました。


「そうだな、少し待ってくれ」


人間、言う決意をするのとは別に、「今から切り出す決意」が必要になるものです。王子は数回深呼吸をすると、ナオキさんを真っ直ぐ見据えました。その目には決断が宿っています。



「明日の戦いは、負けてほしい」



「……は?」


ナオキさんのリアクションに、王子はゆっくり頷きます。「そのリアクションは正当だ」と認めるように。しかし「言い間違いではないのだ。受け止めてくれ」と言い含めるように。


「理由は、聞いてもいいんスよね……?」

「姉上に、王位についてもらうためだ」

「どうして急に……」

「今更説明するまでもないが、我が国は次期国王を闘争で決めるような国家だ。つまり、強さこそ王であり力こそ政治となる」


王子は一度、居心地悪そうに座り直します。


「そういった国での、女性の立場は弱い。たとえそれが、王の娘であろうとも」

「そういうもんスか」

「そうだ。だからこそ私は、姉上を王位につけたい。さすればさすがに、国民の誰もが姉上を認め、尊重するはずだ」

「……ご自身が勝ち抜くため、ってご依頼だと聞いてたんですがね?」


ナオキさんも咎めているのではありません。ただ、やはり唐突すぎて、一つ一つを確かめたいのでしょう。対する王子は少し目を伏せました。


「優勝まで勝ち抜くとは言っていない……などと言っても騙していたことに変わりはないな。すまない。だが、『できるかぎり姉上のライバルは倒し、あとは八百長で負ける』などという依頼をしたことが、どこから漏れるとも分からん。言うわけにはいかなかったのだ」

「……」

「それに、君たちは最強であることを売りにしている。この依頼は君たちのブランドイメージを損なうものだ。……言い出せなかった。かさがさね、騙してすまない」


深々と頭を下げる王子。そのへ、ナオキさんは静かに語りかけます。


「『ギリギリで他所からパートナーを呼ぶと、国民への心象が』とか言いつつ、儀式数ヶ月前からスタートの半年契約だったのも、姉と当たった時に向こうの印象を上げるためっスか」

「そうだ。私は君に、負けるだけでなくかたき役も要求していることになる。無理いはしない」


今度は真っ直ぐ目と目を合わせた王子。


「頼めるか?」


対するナオキさんは笑って首を左右へ振りました。


「まったく……。数ヶ月程度だけど、数ヶ月っスよ?」

「ナオキ……」

「濃い数ヶ月を過ごした友人がいる。そして一人の男が、自分の人生使っての願いを叶えようとしてる。誰が嫌だって言えるんスか」

「ナオキ……!」

「ドンと負けに行ったりましょうや。本当の勝利を掴むために!」

「ありがとう! ありがとう……!」


男たちは熱い友情の握手を交わすと、静かに明日へ備えて休息に入ったのでした。






 そして翌朝、


「……行くか」

「っス」


正面に朝日を浴びて、魂を賭けた闘技場へ向かうお二人の姿は、どれだけ美しく男らしかったことか。

その場にいなかったんで、直接は見てませんけど。






 え? なるほど、それで負けたのを、トニコが勘違いして「クエスト大失敗」なんて言ってるのか、って?



それならば、どれほど、よかったでしょう……。

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