なんたってアイドルですから! その3

「な、なんですか? いったいどうしたのですか、急に……?」


予想外の出来事に、フェンリルの女王と言えど困惑するエミィさん。しかし彼女が状況を理解するより先に、



「グゥウルルルァァ……!」



『主』が威嚇を返してしまいました。さすが主、この一触即発の空気でも引き下がらない。『主』の主の方は


「こらっ! おやめ! ハーラル一世!」


と慌て気味ですが。の割には、名前ハーラル一世のせいで間抜けな感じ。


間抜けだったせいかは分かりません。が、結局エミィさんの声は届くことなく、



「ガアアアッ‼︎」

「バアアアッ‼︎」



両陣営怒りのボルテージMAX!



「ガアッ!」

「ガフッ!」

「ギャイッ!」



飛びかかってきた一匹を、主がかわしてうなじをガブリ! 戦いの火蓋が切って落とされました。


エミィさんを背に乗せたまま。



「ああれえええぇぇぇぇぇ‼︎‼︎‼︎」



ロデオのように振り回されながら、ようやく彼女は何が起きているか理解しました。

なぜフェンリルたちは急に喧嘩(というか殺し合い)を始めたのか。女王の言うことを聞かなくなったのか。『主』でさえ従うような『女王』なのに。それは



『女王』だから。



そう、つまり、



「では次の群れを説得に行きましょうか、ハーラル一世」

『せやな』

『⁉︎ 待たんかい!』

『なんじゃいワレ』

『なんじゃいやあるかい! 女王置いていかんかいタコ!』

『なんで置いてかなアカンねんアホ』



『当たり前やろがい! 女王言うたらみんなの女王やろがい! 何を自分一人、連れてこうとしとんねやコラ!』



『仕事なんじゃボケェ! そもそもワシは女王とずっと一緒におったんや! ワシだけがずっと一緒におったんや! ワシが一番のパートナーで、ワシだけの女王や! おまえらみたいな今日会うたヤツに、なんでそんなんを、女王のアレを言われなアカンのや!』

『アホ言いなや! 女王言うたら全てのフェンリルを従えなアカンし、逆にワイらにもそばに戴いてかしずく権利があるやろがい! 独占してんちゃうぞワレェ!』

『ガタガタぬかしとんちゃうぞコラァ! せやたら負け犬みたいに吠えとらんと、力づくでやってみぃ!』

『吠えづらかかしたる!』



みたいな感じでしょうか。女王の奪い合いが始まってしまったのです。仕方ありませんね。種族がその膝下に集まるべきアイデンティティなのですから、独占も手放すのも両方あり得ないことです。


エミィさんが『主』の背中で吐きそうになりながら、以上のことを脳内整理し終わった頃には……



「アオオーーーン‼︎」



『主』だけあって実力で勝るハーラル一世が、全てを血祭りにあげ勝利の遠吠えをしていたのでした。






「えーっと、つまり?」


私が小首を傾げると、トニコはため息一つ、カウンター来客用の椅子に腰掛けました。そして、私と一緒に葉巻を作り始めます。きっと、何か手元を動かすことで気持ちを落ち着けたかったのでしょう。


「分からない? その土地で神獣として崇められている生き物を、群れ一つ全滅させたんだよ?」


分かってたよ! 分かってたうえで現実を直視したくなかったんだよ!

私の手に、葉巻が折れそうなほどの力が入ったところで、


「モノノちゃ〜ん」


二階のオーナーの部屋から呼ぶ声が。

どうやら、もう一つの現実を直視しなければならないようです……。

私も守ってくれるフェンリルが欲しい。






『本日の申し送り:私のために争わないで   モノノ・アワレー』






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