なんたってアイドルですから! その2

 見た瞬間誰もが神々しさと、生物としての格の違いを感じる『主』の佇まい。他のフェンリルの追随を許さない威厳は、「黙れ小僧!」とか言ってきそうです。

その超越的存在でありながら、剥き出しの、捕食者としての根源的威圧を纏う銀狼が、一歩ずつゆっくりと、エミリイーダさんへ近づいていきます。

人間ごとき、誰も己から逃れられないと知っているように。


あぁ……、終わった……。でも、フェンリルさまに食べられるなら、死後の功徳くどくや安寧はあるかもしれない……。せめて痛くないように……。


雪やフェンリルのように頭真っ白(白髪なのは地毛)になった彼女は、ぼや〜っとそんなことを考えたそうです。

そして、狩猟生物特有の、静かに興奮を抑えた吐息(生臭そう)とともに、『主』の顎門あぎとが近づきます。

ギュッと目を瞑ったエミリイーダさん。脳裏にチラつく、人間の体なんか安物の肌着みたいに引き裂いてしまいそうな牙……。



しかし、それが彼女の柔肌に触れることはありませんでした。どころか、



ベロッと。



「ひあっ⁉︎」



『主』は優しく撫でるように、恐怖で青白くなった頬を舐めたのです(生臭そう。舌ザラザラしてそう)。

エミリイーダさんが驚きのあまり目を開けると、そこには


躾けられた犬のように綺麗な『お座り』が。ただデカい。


「えっ……?」


エミィさん(長いので愛称)の脳内が困惑で動き始めると、またも『主』は鼻先を近づけてきます。今度は低く低く、撫でてもらおうかというように。ピスピス鳴る鼻息は、ただの犬。

だとしても普通は怖くて逃げ出すもの。なのになぜか、エミィさんには向こうの気持ちが手に取るように分かったそうです。そっと美しい銀毛に手をうずめたのでした。


しかし、数度毛をいたでしょうか。不意に


「きゃっ⁉︎」


『主』がエミィさんの奥襟を咥えました。

騙された! 今度こそお昼ご飯になっちゃう! 焦った彼女ですが、そんなグロ展開は待ち受けていませんでした。


「あらっ?」


着地したのは舌ではなく背中。『主』は白きペガサスかのように、彼女をエスコートして森の奥へ……。



そう。彼女は天性の、『フェンリルの女王』だったのです。



 その後、『主』と仲良く暮らしているのが大公家にも伝わり、『神の使いを従えている=神』としてカムバックを求められて拒否ったり、従姉妹と元フィアンセが宗教裁判にかけられたりしたのですが、それはまた別のお話。

だって、「ご飯はおいしく食べたいでしょう?」っていう、伝わるんだか伝わらないんだかな牽制だけで、具体的には教えてくれなかったから。最初から知りたくもなかったけど。


 まぁ全ては過去の話。今は彼女もこちらへ移住して、北国育ちの『主』が熱中症にならないよう気を付ける、立派な飼い主さんです。






 というわけで今回のクエスト、『フェンリル公女』エミィさんを派遣すれば即解決のはずなのです。たった一言「おやめさい!」でみんななるんですから。


それをこのトニ公、何を血迷って「大変」などと?

え? なんだって? えぇ、はい! 分かってますよ! そんなこといって毎回、全然大丈夫じゃないパターンばっかりですからね!


「やだーっ‼︎」

「どうしたのモノノちゃん⁉︎ 発作⁉︎ お薬足りてる⁉︎」


心配しているようでしていないのも、トニコのいつものパターン。

容赦なく話を続ける彼女によると、どうやらことの顛末はこういうことだったそうなのです……。






 『主』の背中に横座りでオディーグニルに現れたエミィさん。確かになんか神話っぽいですね。初めて当ギルドに来られた時は、審判の日かと思ったものです。私は天国に行けますよね?

え? 話を進めろ、って? はいはぁい。


『主』の背の上で獣害に苦しむ民の訴えを聞く姿も宗教画(現地で見てないのでイメージ)、『絶対性』を纏ってフェンリルたちの説得へ向かったのでした。

いったいどこに失敗する要素があったのか……。






「よいですか? 野生の掟というものもありましょうが、彼らは大変苦慮しているのです」


手頃な岩に腰掛け、フェンリルの群れにお座りをさせ、説教を始めるエミィさん。これは宗教画というより、ちょっと、珍妙……ゔゔん(咳払い)。


とにかく、お説教は行儀よく聞いていたフェンリルたち。いかにも言うこと聞きそうな顔をしているので、エミィさんも


「私からは以上です」


ネチネチ言わずに切り上げました。もうこの地域でフェンリルによる獣害が発生することはないでしょう。


しかし、


「では次の群れを説得に行きましょうか、ハーラル一世(※『主』につけた名前)」


エミィさんが『主』の背に乗った瞬間、



「グルルルル……!」



フェンリルの群れが一斉に、低い唸りを発し始めたのです。

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