第6話 情けない

 ゼーラの家でミルクを飲み終わって、


「案内しますね」なんだかエミリアに気に入られたようだった。「ちょっと寂れているので……修復が必要だと思いますけど……」


 修繕費は、当然レイ側の負担だろうな。

 もともと売り出されるはずだったお店だ。最悪住処として使用させてもらえれるなら御の字である。


 というわけで、レイたちはエミリアに案内されてとある場所までやってきた。


 歩くにつれて、人通りが多くなっていく。少しずつ街のにぎやかな場所に近づいていく。


「キミのお父さんのお店は……ずいぶん、にぎやかな場所にあるんだね」

「そうですね……」エミリアはちょっと呆れ気味に、「商売をするなら人通りの多いほうがいいだろうって……まぁ、だからお値段も高かったんですけど……」


 結果として800万の借金ができたわけだ。


「ちなみに聞くけれど、お父さんが生前のときは、どれくらい儲けてたの……」

「あ……」なんだか答えづらい話題のようだった。「それが……その……」

「答えづらいならいいよ」

「いえ……その、ちょっと情けないってだけで」

「情けない?」


 エミリアは苦笑いで、


「……実は父は……お店の開店1ヶ月くらいで、飽きちゃって……」

「……飽きる?」

「はい。途中からお店を開かなくなって……酒浸りになってました」言っちゃ悪いがクズ野郎だな。「まぁ、それでもたまにはお仕事をして報酬をもらってたんですけど……最後には体を壊して、死んじゃいました。あれだけお酒を飲んでたら、当然ですよね」


 どれくらい飲んでいたのかは知らないけれど、エミリアの言い分を聞いている限りはかなりの酒豪だったようだ。

 ひめは、とある事情で酒飲みが苦手だった。とはいえ、表情には出さないけれど。


「まぁ父は乱暴者でしたし……」エミリアはちょっと頬を膨らませて、「酒癖も悪いし、適当だし……約束も守らないし借金もするし……」


 恨んでいる……わけではなさそうだ。


 いろいろいいつつも、微笑ましそうだった。


「でもまぁ……良いお父さんでした。家族には常に優しかったですし……不器用ですけど一緒に遊んでくれて……」


 良いお父さん。

 子供……


 ひめとしても、ちょっと気になるワードだった。


 そしてエミリアもお年頃なのか、レイに聞いた。


「お2人は、恋人なんですよね。それとも、もう夫婦なんですか?」

「まだ恋人。夫婦になるかは、不明」

「そうなんですか?」

「別に肩書きはどうでもいい。ひめさんと一緒に居られるなら、恋人でも夫婦でも、なんでもいい」

「なるほど……」どうやらエミリアは、恋バナが好きらしい。「どんな出会いだったんですか?」

「……」


 レイがちょっと話しづらそうにしていたので、ひめが引き継ぐ。


「学校の屋上で出会ったんです。私が高校1年生で……レイくんが2年生でした」

「こーこー?」

「あ……えっと……」高校、という概念はこの世界にはないらしい。「まぁ、学校です。学校で出会って、レイくんが1つ年上のときでした」

「え……」エミリアは2人を交互に見てから、「ヒメさんのほうが年上だと思ってました……」

「よく言われますよ」レイは小柄なので、年下に見られがちだ。「レイくん……割と気にしてるとこなので、あんまり触れないであげてください」

「あ、ごめんなさい……」


 自分の背が低いことを、レイは嫌っている。毎日牛乳を飲んでいるが、伸びる様子はない。


「ともあれ……そうですね。私、ちょっと悩みがあって……屋上に行ったんです」屋上でどうするつもりだったのか……子供に言うことじゃない。「そこに現れたのが、レイくんでした」

「僕のほうが先にいたよ」レイが割って入る。「僕が屋上で夕食を食べてたら、ひめさんが来たんじゃないか」

「そうでしたっけ?」

「そうだよ。別にどっちでもいいけど」そうだ。どっちでもいい。問題なのは、それが運命の出会いだったということ。「そういえば気になっていたのだけれど……結局僕は、キミの悩みを解決できたの?」

「はい」即答できる問いだった。「レイくんが現れて、私の悩みは消え去りました。代わりに別の悩みができましたけど」

「え……? そうなの?」

「はい……」ひめは足を止めて、レイに抱きつく。「朝起きたらレイくんがいなくなってしまうんじゃないかと……怯えることがあります」

「ありえないよ……そんなことは。僕は一生、ひめさんのそばにいるから」

「……ありがとうございます」


 それから2人はキスをする。そしてお互いの存在を確かめるように、強く抱きしめあった。


 2人だけの世界。2人だけの時間。


 しかし、


「あ……あの……」エミリアが顔を真っ赤にして、「ま、まま……周りに、人がいますが……」


 ここは大通りだ。しかもにぎやかな大通り。一応端っこのほうを歩いていたとは言え、多くの人がドン引きして2人のキスを眺めていた。


 周りに人がいてもいなくても、問題なくキスができる。


 これが2人がバカップルと言われる所以でもあり、完全なる迷惑行為でもある。


「……ごめん……」一応迷惑なのは承知の上であるレイだった。「でも……眼の前で最愛の人が悲しそうな顔してるんだ。だから……」


 キスでその悲しい顔が笑顔になるのなら、どこでだってする。たとえドン引きされても、関係ない。レイはそう考えてくれているのだろう。


「あ、はい」触れてはいけない話題だと察したエミリアが、「と、とにかく行きましょう。そろそろ父のお店に到着します」


 そういうことなので、レイとひめは手をつないで歩き始めた。

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