第7話 バーンと行きましょう


「到着しました」エミリアはとある建物の前で立ち止まって、「ここが父のお店です」

「わぁ……」レイは思わず、といった感じで感嘆の声をあげた。「……立派だね……」


 二階建てで、木造の大きな建物。大盛況している酒場とか、多くの人が集まりそうな大きな建物。


 少しだけ外観は朽ちて見えるが、修繕できる範囲だろう。


 なんにせよ、立派な建物だ。これが800万の借金で手に入るのなら安いかもしれない。


 しかし……


「エミリアさんのお父さんは……何でも屋だったんだよね? 物を売ってるんじゃなくて、依頼を受けてた」

「そうですね」

「……ここまで立派な建物が必要な理由は、なんだったの?」

「……父は、見栄っ張りだったので……大きいほうが良いって……」とくに考えはなかったらしい。「実際……ほとんどのスペースは使ってませんでしたよ」


 なんとももったいない使い方をしていたらしい。


 なんにせよ、ここまで大きいのなら住居としても十分使えそうである。そしてもしかしたら……依頼を受けるだけでなく、他の商売もできるかもしれない。


「ご自由に使ってください。たぶん母も……3ヶ月っていうのは建前ですよ。永続的に貸してくれると思います」

「そうかもしれないね……」


 おそらくそんなことはない。ゼーラは、エミリアが思っている以上にしたたかだろう。


 そうじゃないと、800万の借金をかわすことはできない。

 800万なんて……人が売られてもおかしくない。娘も母親も美人。美人親子の身体の安全が保証される額ではない。

 それをゼーラは今までかわしているのだ。


 おそらく……相当なやり手。それを娘に気づかれないくらいには、切れ者である。


 まぁそれを、わざわざ娘であるエミリアに伝えることはないだろう。


「じゃあ……えーっと……私はこれで」案内をしてくれたエミリアが踵を返して、「重ね重ね……ありがとうございました」

「お礼を言うのはこっちのほうだよ」その通りである。ちょっと人助けをしたら、こんな立派な家とお店をもらってしまった。「また家にも寄らせてもらうよ。分配の話とか……まだ詰めれてないから」

「え……あ、はい」


 売上の何割をもらえるのか……そのあたりをしっかりと話し合わないといけない。

 お金の話は、あやふやなままではいけない。それはひめも同意だ。

 だから、またゼーラとは話さないといけない。まぁ、そのへんの交渉はレイに任せておけばいいだろう。


 そうしてエミリアから鍵を受け取って、レイとひめはその建物の中に入った。


「おお……」内部を見て、またレイは感嘆の声を漏らす。「中身も立派……これは、すごいね」

「そうですね……」


 少しほこりっぽいが、それだけだ。


 広い室内の真ん中に、ソファとテーブル。おそらく、その場所で依頼人と会話していたのだろう。


 1階にはそれ以外、何も見当たらない。あまりにも殺風景な部屋だったが、まぁ依頼人と話すだけなら十分かもしれない。


「広さを持て余してたみたいだね……」

「そうみたいですね……」


 明らかに、こんなに広い部屋はいらない。もっと狭い1階建ての家で良い。


 階段を上がって、2階のスペースを見てみる。


「……ここで寝てたり、したのかな……?」


 簡易的なベッドらしきものが、部屋に置かれていた。そして、それ以外は何もなかった。


「家具を揃える前に、飽きちゃったみたいだね……」


 何でも屋をはじめたのは良かったが、取り揃える前に飽きてやめてしまった。

 最終的には酒を飲んで、早々と亡くなってしまった。


「……」ひめはふと、思いついたことを言ってみる。「お酒って……美味しいんですかね……」

「さぁ……」レイも飲酒はしたことがないだろうから、聞いても意味ないけれど。「飲んだことないけど……好きな人がいるってことは、美味しいのかな?」

「なるほど……」

「……」レイはひめを見て、「ひめさんはお酒を飲む人が苦手だからね……」

「そう、ですね……」トラウマが蘇ってしまうので、お酒は見たくない。飲む人も見たくない。「……でもまぁ……今は、ちょっとくらい理解は示すことができますよ。昔よりは」

「……」


 レイはなにも言わずに、ただひめを見つめ返していた。


 まぁひめの過去を知っているだけ、返答しづらい話題だったのだろう。


 そんな話題を始めてしまったことを後悔しつつ、


「さて……これからどうします?」

「とりあえず今日の夕食だね……無一文だし、なんとかしないと」

「そうですね……ゼーラさんにもらいます?」

「最終手段にしたい。想像してたよりあの人は切れ者だから……いろいろ利用される可能性がある」

「なるほど」そこまで警戒する必要があるのかは、わからないが、「ではどうします? 今から何でも屋を開店したところで、お客さんなんて来ないでしょうし……」


 少し前まで何でも屋として営業していたとは言え、そこまで売上と知名度があったわけじゃないだろう。

 そんなお店を、突然謎の男女が経営。そんなことをしても、仕事など舞い込むはずもない。


「小さくコツコツと、やる?」

「……地道に依頼をこなして、ですか? それも悪くないですけど……」

「やるならど派手に行こうか」

「そうですね……せっかくの異世界ですし、バーンと行きましょう」

「じゃあ……やることは1つだね」


 知名度と話題を、もらいに行く。 

 

 方法は、1つだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る