第54話:時間がありません~
急いで控え室へ戻り、待ち構えていた侍女と連携して次の準備を始めなくてはならない。
陛下に買って頂いたブルートパーズのネックレスに合わせ、淡い青のドレスに着替える。髪型も左右の編み込みを一旦ほどき、編み込み直してハーフアップに変更する。
そして、お揃いのトパーズがあしらわれたヘッドアクセサリーとそれ以外のアクセサリー類を付けていく。
今度は外国の王族とのお茶会なので、ドレスもお飾りもランクアップしていた。
しかし、ヘッドアクセサリーの仕様に少々難があり、装着が難しい。三人いる侍女のうち、二人がそれにかかりきりになる。その日一番の難関だった。
わたしもイヤリングを着けたり、口紅を塗ったり、手の届く範囲で協力して支度をした。
「リア、どうだ? 出られそうか?」
「あと二分お待ちください陛下!」
この難関ポイントを心配していた陛下が迎えにきてくれて、どうにか予定通りの時間に控え室を飛び出した。
陛下と手を繋ぎ、小走りで会場へ向かう。
無事ゴールテープを切ると、まさか手を繋いで現れると思っていなかった王族の皆さんから歓声が上がった。
更に、わたしが通訳を介さず全員と会話ができることが分かると、お茶会がヒートアップ。その結果、終了時間が三十分も押してしまった。
通訳さんから「素晴らしいです!」と褒めて頂いたけれども、わたしもまさかオルランディア語以外もペラペラいけるとは思っていなかった。
オルランディア語同様、なぜ理解できるのか、なぜ話せるのか、そのあたりの理由はまったく分からない。
いわゆる異世界転移チート的なものなのかも知れないけれど、それをわたしに説明してくれる人が誰もいないので、「一体どういうことなのだろ??」と、ひとり呟いて話は終了である(さみしいのに、なぜか笑える)
やばいやばい! 時間がない!
半べそをかきながら、競歩ばりの早足で控え室へ戻った。
アテンドしているオーディンス副団長の顔にも焦りが見える。
この三十分のロスは大きかったし痛い。取り戻すには何かを諦めなくてはならない。
最も手っ取り早いのは夕食を諦めることだろう。切ないぃ。
「リア様、お帰りなさいませ!」
「うわぁぁんっ。皆さん、ごめんなさい~」
「大丈夫ですわ。落ち着いて一つ一つやっていきましょう。皆も落ち着きなさいませ。こういう時に浮き足立っては逆効果ですわ」
侍女長に励まされた。さすが本日の少尉である。
大急ぎで身に着けているものを外し、お披露目会の準備に取り掛かった。
皆の情熱の結晶とも言えるドレスに袖を通した。
マダム赤たまねぎ事件が懐かしく感じる。
結局、わたし達が選んだのは新進気鋭の女性デザイナーだった。彼女は要望通り裾に向けてたっぷりドレープを利かせた上品なドレスをデザインしてくれた。
それは、猫も杓子もと流行しているタイプのドレスとは一線を画すものだった。
実現できたのは、陛下がお高い生地をたっぷり手配してくれたおかげでもあった。想像の遥か上をいく素敵なドレスが完成していた。
髪はフルアップにして、陛下から頂いた百合の髪留めを着けた。
失った三十分の穴埋めをするため、わずかな夕食の時間を削ったけれども、料理人たちが気を利かせて一口サイズのサンドウィッチを作ってくれた。
今日は大変なせいか、人の優しさが心にしみる。
支度をしながら皆でサンドウィッチをつまんで食べた。「これが終わったら、身内だけで楽しい打ち上げパーティーをしましょうね」と励まし合う。
メイクが始まったあたりで、わたしの宮殿から「オルランディアの涙」を運んできた騎士の一隊が到着した。
目の前に運ばれてきた途端、ヴィルさんの瞳を思い出して心臓がバクバク言い始めたので、思わず目を閉じた。
浮かれるな、と自分を戒める。
だって、これから全部バレて地獄を見るのだ(泣)
どうにか予定時刻に準備が終わりそうな、明るい予感が漂い始めた頃だった。
「今、団長が王宮宝物庫を出発しました」と声が掛かり、周りがざわついた。
国の宝物庫に入っている本日のマストアイテム「神薙のティアラ」と「神薙の杖」の運搬が、予定より三十分も早まってしまったのだ。
ティアラと杖はどちらも国宝だった。
だから、警備の最高責任者である第一騎士団長が自ら宝物庫へ出向き、部下に前後左右をがっちり固められて厳重警備で運んでくることになっていた。
第一騎士団は他の騎士団と違い組織が大きいため、団長はかなり偉いオジサンのはずだ。しかも、普段は多忙で現場には来ない方でもある。
そんな方が自ら宝物庫へ取りに行ってくださっているのだ。
わたしは今日が初対面なので、きちんとお迎えして、お礼も兼ねてご挨拶させて頂こうと思っていた。
しかし、三分くらいならまだしも、三十分も予定を巻かれてしまうと、さすがにそれは無理がある。
そもそも、これほどまでに厳格な時間管理が求められている日に、最高責任者自らが大幅なフライングをやらかすのは、誰もが想定外だった。
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