第52話:どういうお気持ちで……?
これは一体どういう「お気持ち」でわたしに届けられているのだろう。
あのお別れ直前のイチャイチャを踏まえ、そこに盛大なる勘違いという添加物を加えれば、「愛?」とも思えるけれど、知り合ってからの期間や関わりの深さを考えたら、その結論に至るのは少々ポジティブ過ぎる気がした。
いや、まさにわたしはポジティブな人間だし、よく「明るいバカ」などと言われていたけれども、一応、バカはバカなりに自重をする。
「リア様、母国と習慣の違いがあるかも知れないので、一応お伝えしておきます」
オーディンス副団長がそばに
「この国で、男性からの贈り物を拒否すると、相手の気持ちを拒絶したことになります」
「そんな……。でも、これを頂いたとしても、お礼など、どうしたら良いか……」
「また例のパイをお作りになればよろしいかと」
エメラルドとあんな手作りパイを一緒にしないで下さいぃ。
ああ、ダメです。もう、ストレスでハゲてしまいそうです。
「さあ、署名をどうぞ」
贈与証明書の品名欄には、「オルランディアの涙」と書かれていた。名前の付いたアクセサリーなんて尋常ではない。
譲り主の欄には、QRコードのようにゴチャッとした模様が書かれていた。
名前が見えないようにする魔法がかけられているそうだ。術者が設定した何かしらの条件が揃えば文字が見えるようになる魔法だと言う。
とことん名乗る気がないのだ。こんなに凄いものを贈っても。
結局、彼がどのような気持ちであったとしても、拒絶することになるのは困る。そういう理由で贈与証明書にサインをした。
ただ、贈った相手が神薙だと知ったとき、彼の気持ちがどんなものになるのかが計り知れなくて怖かった。
神薙なんかに貢いでしまった、と思うのか、アレが神薙なら良いだろう、と思うのか……。
「まさか『オルランディアの涙』の贈与に立ち会うことがあるとは思いませんでした」
立会人欄にサインをし終えたオーディンス副団長は、わずかに顔を紅潮させていた。彼はペン先のインクを薄い紙で拭いながら、満足そうに証明書を眺めて頷いている。
使者の方も安堵したようで、にこやかに笑っていた。
「もし、わたしに贈ったことを後悔するようなことがあったら、そのときはお返しすると……。あ、やっぱり少しお待ち下さい。急いで手紙を書きますので」
わたしは大急ぎでお礼の手紙を書いた。それから、ヴィルさんご本人の申し出があれば即返却するという念書も書き、副団長二人のチェックを受けて使者に託した。
使者はネックレスと同じくらい大事そうに手紙を鞄にしまうと、「私も肩の荷が下りました」と言い、足取り軽やかに帰っていった。
わたしは応接室で、ひとしきりネックレスを眺めていた。
じっくりと鑑賞した後、この宮殿の宝物庫に入れられるそうだ。団長と副団長しか開けられない魔法ロックが掛かる大きな金庫らしい。
なんだか恐ろしくて体が震えてくる。
「『オルランディアの涙』は、由緒ある首飾りです」
「副団長さま、それ以上わたしに重圧をかけなくて良いですよ?」
「涙は慈愛の証。リア様にこそ相応しい。あなたを毎日、朝から晩まで見ている私が言うのだから、間違いありません」
「今日は全然わたしの話を聞いてくれないですよね……」
わたしがプクーっと膨れていると、彼は「寝ても覚めてもあなたのことしか考えていませんが?」と笑っていた。
彼はお披露目会でこのネックレスを着けるように、と言った。
ただ、陛下が私費で買ってくれたネックレスが別にある。
お披露目会では「神薙のティアラ」というものを着けなくてはならず、それにはブルーの宝石が付いている。それに合わせたネックレスを陛下が買ってくれたのだ。
「陛下が買ってくださったお飾りが優先でしょう」
「いいえ、『オルランディアの涙』のほうが優先されます」
「そうは言っても、もう明後日ですし」
「もう陛下には話が通っているはずです。今頃、冠のほうも宝石を取り換えている。その目途が立ったから、ここに首飾りが持ち込まれたのですよ」
「ええーっ、なんだかもうワケが分かりません~」
「一から説明しようとすると、王国の歴史にも触れなければならないので、非常に長くなります」
「お勉強をしないと……」
「ひとつ言えるのは、その首飾りは大勢の前で着けてこそ、お守りとしての役割を果たすことができるということです」
「持ち主アピールをしたほうが良いということですか?」
「そういうことです。詳しいことは追々説明していきます」
わたしは口を尖らせてプクプク膨れながら「わかりました」と答えるほかなかった。
「そう膨れないでください。そこの軽いフリをした騎士に唇を奪われますよ?」
「はっ」
ジェラーニ副団長がこちらを見て、ウィンクしながら投げキッスを飛ばしていた。
オーディンス副団長が言ったとおり、翌日にはティアラの宝石がエメラルドに変更されたことと、当日のお飾りとして『オルランディアの涙』を着けてほしいと、陛下からの連絡が入った。
この土壇場にも関わらず、陛下から頂いたネックレスを王族とのお茶会で着けることになった。それに伴い、お茶会用のドレスも変更になった。
こうして、あっという間にお披露目会当日がやって来た。
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