第51話:オルランディアの涙

「とても頂けません。いくらなんでも高価すぎますし、これはお守りではなくてお飾りですよね」


 ぶぶぶぶぶ……と、ハチドリの羽ばたきに負けないくらいの速さで首を左右に振った。

 頂けるわけがない。

 仮に「これを持っていれば、一生、突き飛ばされないですよ」と言われても頂けない。


 一体どうなっているのでしょう?

 騎士様は、功を立てて小さな領地を貰うまでは、あまりお給料が良くないと聞いたけれど、「うだつの上がらぬ一兵卒だ」と言っていたのは嘘だったの?


 いずれにせよ、ヴィルさん宛の伝言を添えて、このまま持って帰ってもらったほうが良いだろう。

 そう言おうとした瞬間、後ろから声をかけられた。


「リア様、受け取りましょう」

「へ? 副団長さま、一体何を……」


 いやいやいや、受け取りましょう、じゃないですよ。

 そんな他人事だと思って簡単に言わないでください。


「こんな高価なものは頂けません」

「贈与証明書に署名をなさってください。私が立会人欄に署名します。こちらのペンをどうぞ」

「待ってください。どうして? いつもそんなふうに言わないのに」

「あなたのためだからです」


 彼はわたしの意に沿わないことや、何かを強要するような人ではない。それなのに、随分と強引だった。

 ペンを差し出して来た彼をじっと見つめると、眼鏡の奥にあるシルバーの瞳が僅かに揺らめき、微笑を浮かべた。


「これは、とても価値のあるお守りです。あなたを守ってくれます」

「わたしは、あの方の素性も知らないのですよ? それに、わたしだって……」

「私がお二人を知っています。私が信じられませんか?」

「いいえ、そんな事はないですけれど……」

「これは、リア様に必要なものです。この国で生きていく上で、これ以上のお守りは、もはやこの世には存在しない。そのくらい重要なものです」


 ヴィルさんの使者が困惑の表情を浮かべていた。拒否されることは想定外だったのかも知れない。


「さっきから何を騒いでいるのですか?」


 部屋のドア付近に立っていたジェラーニ副団長が見かねたようにこちらへ来た。

 「どうもぉ」と、使者に軽ぅ~い挨拶をすると、相手も口角を上げて親しげな挨拶をした。

 まるで知り合い同士のような気安い雰囲気に見えるけれど、なにせジェラーニ副団長は誰に対してもこういう感じなので判別がつかない。

 経緯を説明すると、彼はネックレスを覗き込み、使者の方が持ってきた贈与証明書を見た。


「へえ~、これが『オルランディアの涙』かあ。凄いねぇ」と言った。


「彼の気が変わらないうちに貰っちゃったほうがいいですよ、リア様」

「お、お客様に失礼ですよっ」

「きっと良く似合う。ね? 使者殿もそう思うでしょ? いやー、お会いするの久しぶりですねぇ。昔はちょくちょく顔合わせてたけど、元気でしたー?」

「ちょっちょっちょっ……」

「リア様、これ、明後日の催しで早速使いましょう。いやー、助かりますよ、使者殿。これで我々も仕事がしやすくなりますからね」

「もうっ、皆さんどうかしてます。揃ってそんなふうに……っ」


 わたしが半べそでプンスカしていると、ジェラーニ副団長がコソッと「そんなに口を尖らせると、口づけをしちゃいますよ?」と言ってきた。これは彼の口癖だ。

 しかし、それを言い終わらないうちに、彼の脇腹にはイケ仏様の拳がドスっと入っていた。

 彼は痛がる様子もなく「俺のほうが先輩なのに、ひどい後輩だなぁ」と、笑いながら爽やかに扉の近くへと戻っていった。


 オーディンス副団長はコホンと小さく咳ばらいをすると、「あの先輩は、職務上の都合で軽い人物を装っているものの、言っていることはマトモです」と言った。


「我々の仕事がしやすくなるという話は本当です」 

「なんだか、わたしだけが事情を分かっていないみたい……」

「そうかも知れません。これは本物のお守りであり、『オルランディアの涙』と言えば、この国の誰もが知っています」

「そんなに由緒あるものを、なぜわたしに……?」

「それを持っているだけで、あなたに危害を加えようとする者が格段に減るからでしょう。仮に今、百人そういう輩がいたとして、それが一人になるくらい変わります」


 わたしが困惑していると、彼はまた小さく咳ばらいをした。


「件の『前任者』は、当然こんな良いものは持っていません。その前の『担当者』もです」


 使者の前なので、「先代」とか、「神薙」といった言葉を避けて話してくれているようだ。


「そうなのですか」

「明後日の催しで、過去の担当者とは違うのだと証明するのに、これ以上のものはありません」

「そうは言っても……」

「土地と建物以外は貰って良いと言ったはずですよ?」


 ううっ、確かに、そう言われたけれども……。


 わたしがうんうん唸っていると、使者の方が「こちらも一緒に預かって参りました」と言って、小さな封筒を手渡してくれた。


 いつもの手紙とは違い、触った感じが硬かったので開封してみた。

 中には小さなカードが入っていて、ヴィルさんの字で『大地の守護がリアと共にあるように』と書いてあった。


 「リア様、どうか、どうか若君の気持ちをお受けください」と、ピカピカの靴の紳士は先程よりも深く頭を下げた。


 その若君のお気持ちこそが、わたしを悩ませているのに。

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