第50話:お客様がいらっしゃいました

 お披露目会まで残り二日になった。

 サロンでランチ後のお茶を頂きながらグルメ情報誌をめくっていると、来客を知らされた。


「お客様? わたしに?」


 執事長からメモを受け取ったオーディンス副団長は、「ふむ」と頷いてから、こちらに向き直る。


「例の騎士の使いが来ています。リア様にお届け物があり、代理の者では渡せないと言っているようですが」

「あ、お守りを持ってきてくださったのだと思います」

「ほう、お守りですか」

「わたしがボンヤリしているせいで、周りに心配をかけているので」

「心配をしたくないのかと言ったら、そうではないのですがね」

「その方にお会いしても良いですか?」

「もちろんです。応接へ通して茶でもてなすよう指示しておきます。その間にお支度を」

「あ、メイドさんに伝えてください。寒い中、来て頂いているので、お茶はなるべく良いものをポットでお出ししたいです。あと、お茶菓子も添えて頂くように、と」

「かしこまりました」


 もう一週間経ったのか、と思った。

 ヴィルさんと会った日以降、準備で忙しいのもあるけれど、時間が経つのがあっという間で……。

 なんだかずっとバタバタしている。

 侍女長が、「ドレスはどちらになさいますか?」と聞いてきた。

 外国貴族令嬢風と、神薙様風だ。

 なんだか泣きたくなってきた。一度ウソをつくと、ウソにウソを重ねていかなければならない。


「あああ、それがありましたぁ……」

「リア様?」

「ちょ、ちょっと待ってください。今、考えますっ」


 二択です。

 外国貴族令嬢を頑張って装うのか、「神薙様とバレてもしゃーない」のスタンスで出るのか。

 よく考えたら、お使いで来た方は驚いたのではないかしら。

 外国貴族の屋敷だと聞いて訪れたら、こんなふうに騎士団に守られていて、敷地の入り口に検問所まであるのだもの。

 制服だけで、彼らが第一騎士団だと分かるのでしょうか……。


 そこまで考えて首を振った。

 お使いの人が帰って「第一騎士団が守ってましたよ」と彼に伝えるのだとしたら、それはもう仕方がない。

 そうだったとしても、神薙だとバレるのが二日早まるだけの話だ。明日会って弁明ができるわけでもないので、今日と明後日に大きな違いがあるとは思えなかった。

 ただ、開き直ってバレてもいいやと考えるのは違う。自分で身分を明かさないと決めたのだから、それは最後まで投げ出さずにいよう。


「左のドレスで行きます」


 わたしは外国貴族令嬢風ドレスを選んだ。



 応接で待っていたのは、仕立ての良いスーツを着て、背すじのピンと伸びた初老の男性だった。

 教科書の挿絵に出てきそうなくらい、きちんとした印象の方だ。

 

「お待たせして申し訳ございません」


 ぺこりと頭を下げると、相手は立ち上がり、深々とお辞儀をした。


「とんでもございません。大変結構なお茶を頂き、感激しておりました。ありがとうございます」

「寒い中ご足労頂きまして、ありがとうございます」


 体も大きく、使いの人と言うには随分と立派な方だ。

 彼の靴は天井のシャンデリアが反射して映るのではないかと思うほど、ピカピカに手入れされている。そして、靴と同じ赤茶色の鞄は、同じくらいピカピカだった。

 彼は大事そうに三十センチほどの薄くて白い箱を取り出した。


「お預かりしてきたものは、こちらでございます」


 彼が箱の蓋を開けると、そこには黒色の革が貼られたケースが入っていた。交通安全(?)のお守りにしては、随分しっかりした入れ物だ。

 御札のように、どこかに貼ったり置いたりするタイプのお守りなのだろうか……


 彼はそのケースをそっと取り出し、ゆっくりと開いて中を見せてくれた。


「え……?」


 ソファーから転げ落ちそうになった。

 ヴィルさんが「とても効く」と言っていたお守りは、わたしが想像していたものとは全く違うものだった。


 どこからどう見ても、エメラルドのネックレスだ。

 それ以外のものにはどうやっても見えない。


 見たことがないほど大きな涙型のエメラルド、その少し離れた両脇に一回り小さな涙が二つ。

 それぞれの涙の周りを縁取るように装飾がされていて、小さなダイヤモンドがびっしりと埋め込まれていた。

 チェーン部分にも一定間隔でスクエアカットのエメラルドがあしらわれている。そして、それらの間を、数えきれないほどのダイヤモンドが隙間なく敷き詰められ、眩く輝いていた。

 貴族街の宝石店で見たビックリするような値段のエメラルドよりも大きい。

 こんなに大きいのにクラックが一つもないエメラルドなんて……。いくらわたしでも、このお飾りに途方もない価値があることくらい分かる。

 まるでどこかの国の女王が、特別な催しに正装で出席したときに付けているようなネックレスだ。一般人が街中で着けていたら、駅で待ち合わせをしている間に攫われる気がする。

 お守りというよりは、むしろ博物館の宝石展から盗んできたと言われたほうが腑に落ちる(もちろん自首をすすめるけれど)


 エメラルドの涙はヴィルさんの瞳と同じ色をしていた。

 その濡れたように艶やかな輝きは、間近で目にしたばかりの熱を帯びた彼の瞳を思い出させ、わたしの鼓動を急かした。


 後ろに立っていたオーディンス副団長が「これは素晴らしい」と、感嘆の声を上げた。


「あのぅ、ヴィルさんからはお守りだと聞いていたのですが……」


 わたしがそう言うと、使者の方は「はい、こちらになります」と微笑んだ。

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