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第49話:不人気なのですか?

 ◇◆◇


 お披露目会まで、残り五日。


 いよいよ目前となり、王宮から参加人数の確報が届いた。

 イケ仏様は届いたメモを見ながら眼鏡を光らせていた。


「何人ですか?」

「六百三十八人です」

「……はい?」

「どうせ直前に飛び込みがあって増えますから、ざっくり六百五十から七百人ですね」

「そんな……、前に聞いたときは四百人ぐらいって」

「直前に駆け込む人達がいますからね」

「人気歌舞伎役者の結婚披露宴みたい……」

「カブ……なんですか?」

「あ、カブキは、わたしの母国の伝統芸能です。意外と面白くて。ははは」


 もう、逃げてもいいですか……


 当初、多くても五十人程度だと思っていた。

 天人族の人達が実際に何人くらい暮らしているのかは知らない。しかし、あれよあれよと百人だの二百人だのと言い始め、気がついたときには四百を超えていた。そして、最終確報がこれだ。


 これでもまだ来たい人が全員来られるわけではないそうだ。仕事などの都合で、この日に来られない人達から苦情が届いているらしい。

 あちこちの領地に散らばって生活している人達を、王都に集めるだけでも大変だった。

 なにせ、この国には飛行機がないし、自動車もない、そして鉄道もないのだ。乗り物は馬車一択。

 馬で青森や鹿児島あたりから東京へ出張することを考えたら、その感覚は江戸時代に近い。端のほうだと移動にかかる時間は一週間とか二週間とかだ。旅程の単位が「日」ではなく「週」になる。

 しかも、結婚を考えるような年頃の男性たちは、お仕事でも周りから頼りにされる世代だ。「ちょっと新しい神薙を見に行ってくる」と、スンナリ出られない人もいるだろう。


 王宮では第二回目のお披露目会開催を検討中だという(勘弁して)


 過去にも神薙お披露目会が催されていたというので、以前はどうだったのか宰相に訊ねた。

 しかし、先代までの神薙は素行がすこぶる悪く(そうでしょうね)まったく参考にならないとのことだった。

 年上好きの神薙が降臨し、息子ではなくお父さん達が次々と夫に指名されて地獄と化したなど、その手の話は腐るほどあるとか……。

 そうした苦い経験が多いせいか、父親世代がとばっちりを受けないよう、お披露目会は適齢期の男性しか参加させないことにしていたそうだ。


 わたしの場合は、お申し込み、審査、そしてお見合いを経て、双方の合意をもって婚約という、過去に例を見ないクソ真面目さなので、誰でも安心して参加できることになっている。

 参加条件は緩く「成人している天人族なら誰でも参加可」だ。親子で来て頂いても良いし、オジイチャンを含む三世代で来て頂いても良い。


 「想定よりも、だいぶ参加者が少ない」と、イケ仏様は眉間に皺を寄せていた。

 こんなに集客(?)しているのに、不人気とは聞き捨てならない。


「六百人を超えているのに?」

「全体の数から見たら少ないです。これをどう捉えるべきか……」


 彼がアゴをいじりながら何かブツブツ呟いていたので、わたしは首をかしげた。


 「これが国の実情だと捉えるのが妥当かも知れません」と、彼は眉間の皺をそのままにして言った。


「来たくても来られない家が、私の想定以上に多いのだと思います」


 先代にしゃぶり尽くされ、自分たちが生きるだけで手一杯の家が多いと彼は言う。これは仕方のないことなので、今は経済的な体力をつけることを優先するしかないそうだ。


「天人族は、罪人でないかぎり皆、貴族です。働いてさえいれば、いずれは元に戻ります。今は辛抱のときでしょうね」


 わたしはフンフンと頷いた。

 彼はメガネの位置を直しながら続けた。


「ただ、経済難の家だけではないですね。周りの評判を聞いてから考えようと、参加を見送っている連中も相当数いる気がします。そうでなければ六百人などという数字にはなりません。それから、二度目の開催をしろと要望すれば叶えてもらえると考えている連中も然りです」

「でも、皆さんお仕事もあってお忙しいでしょうし」

「国王が出した招待状には、先代とはまるで異なる可憐な女神が降りていると書いてあるのです」

「ぐ、ぐはっ……。そ、それは本当ですか? わたし、聞いていないですが」


 陛下、陛下、陛下ぁ~。

 あんまりです。本人の承諾なしに、招待状でハードルを上げないでくださいぃ(泣)


「毎度毎度、暴露本が飛ぶように売れているわけですから、この期に及んで、王が嘘をつくわけがないのです。何が何でも都合を合わせてくるのが今回の会ですよ」


 わたしが保守的すぎて面白くないと思われているだけかも、と呟くと、彼は鼻で笑った。


「二度目の開催を打診されていましたが、お断りして良いと思いますよ」

「そうですか? それとなくイヤイヤはしてみたのですが、押し切られそうというか……」

「この参加者数は、経済力のない者と愚か者をざっくり差し引いた残数だと見るのが妥当です。愚かな連中にあなたを見せてやる必要はありません。私が王宮の要求を夢と希望ごと、ぶった切っておきましょう」


 わぁい♪


 「副団長さまは、意外とズバズバ言う毒舌家……?」と言うと、彼がピクリと反応した。

 

「昔はすべて我慢して黙っておくのが正義だと思っていました。しかし、学生時代に王族の先輩から、『今後の人生、思ったことはすべてハッキリ言え』と命じられたのです」

「王族の方から? それは凄いですねぇ」

「それならばと話し始めたところ、同じ人物から『お前は口が悪すぎる』と言われまして」

「ぷっ、ふ……」

「しかし、命じたのはその王族です。私は忠実に守っているだけですね。真面目でしょう?」


 そこまで言うと、彼はニヤリと笑った。

 最近のイケ仏様は、面白い人の片鱗をチラチラと見せてくる。


「当日の段取りもほぼ確定ですね」

「んー、わたし、大丈夫でしょうか。お行儀とか、もう少し習ったほうが……」

「昼餐会と茶会ですか?」


 頷いた。

 お披露目会の前に、一部の大臣などを中心とした陛下と仲良しなオジサマを集めたランチ会があり、さらにその後、外国から来てくれた王族の皆さんとのお茶会がある。それを経て、ようやく夕方のお披露目会なのだ。

 着替えとヘアメイク、ランチ以外の食事の時間を考えると、なかなかの殺人スケジュールにしてくれちゃっている。


「マナーについては、侍女から何の問題もないと報告が上がっています。それに、毎週、王と食事会もしているので今さら何を習うのかという話になるのですが」

「でも、きちんと習ったこともないので」

「では、当日までの間、食事のときに何度か確認をしますか」

「あ、そうしましょう。一緒にお食事をしませんか? 騎士様を数名と、侍女も呼んで、ダメなところをダメと言って頂く会ということに。それからお茶会のほうも」

「なるほど、ではそのように。ただ……」

「ただ?」

「恐らくは、料理人が猛烈に張り切り、ただの楽しい食事会と茶会になって終わります。楽しみです」


 また彼はニコリと笑った。

 わたしはプレッシャーでペチャンコになりそうなのに、彼は相変わらず飄々としていて「何を不安がっているのか分からない」という顔をしている。

 お食事もお茶も、メシ友の陛下が一緒だからまだ良いけれど、外国から来る王族ばかりのお茶会は不安だった。通訳さんがいるらしいけれども、言葉の壁だってあるのに……。


 翌日のランチから数回、お家の中でお食事会とお茶会を開いて、わたしのマナーチェックをしてもらった。

 しかし、彼の予告通り何度やっても指摘は出ず、ただの楽しいお食事会とお茶会になって終わってしまった。


 イケ仏様はオシャレでグルメなイケメンだった。

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