第56話:団長さまはどちらに?
「だ、団長さまは?」
おろおろしながら、オーディンス副団長に訊ねる。しかし、頭はパニック状態だ。
陛下の御親戚の偉いオジサンが待っているはずのところに、オジサンではない人がいる。
そのオジサンではない人が、よりにもよってヴィルさんだったのだ。
どうして?
何のために?
いや、偉いオジサンは?
お宝はどうなりました?
ひどい不安に襲われ、オーディンス副団長にしがみつきたい衝動に駆られた。わたしが反射的に伸ばした両手を、彼は大きな手で包み込むように握る。
「リア様、この方がヴィルヘルム・ランドルフ団長です」
「ええ? ヴィ……え? 団長?」
彼はそっと手を離すと、肩に触れてゆっくりわたしを「回れ右」させ、ヴィルさんのほうを向かせた。
「彼が団長です」
「そ、そんな……じゃあ、最初から全部……」
団長の名前がラ行というのは合っていた(イマサラどうでもいい)
でも、ヴィルさんが団長だなんて聞いていない。
第一騎士団は、全員が白に金の装飾を施した礼装だった。
いつもそばにいる副団長の二人は、身分と階級を表すサッシュや勲章を
ヴィルさんはそれにも増して華やかだった。
彼も肩からサッシュをかけていたけれども、まずその色が違っている。副団長が青なのに対して彼のは赤だ。
そして、そのサッシュの腰の下あたりには、五芒星のような形をした大きな勲章が付いていた。
左胸には、短いリボンにメダルが付いた小さな勲章がずらりと並んでいる。
オーディンス副団長の左胸とあわせて見ると、二~三種類の勲章を何度ももらっている雰囲気だ。騎士なので、「守った」とか「やっつけた」という武勲の類かも知れない。
その下、肋骨がある辺りには、一際大きな、手の平大の勲章が二つあった。
こ、この方は一体何者なのでしょうか……。
勲章に縁のないわたしに、それらひとつひとつの意味はまるで分からない。けれども、イケオジ陛下への貢献度が尋常でないことだけは分かる。
「うだつの上がらぬ一兵卒」だなんて謙遜どころか大変な嘘をつかれたものだ。
彼は、若くして大出世をした人だった。
出会った日、第一騎士団は全員参加の訓練だったはずなのに、なぜ彼は参加していなかったのだろう。
どうして商業区画を、馬車にも乗らず一人で歩いていたのだろう。
いつから神薙だと気づいていたのか。
わたしだけが知らずに、浮いたり沈んだりしていたのだろうか。
次から次へと疑問が湧いてきた。
どうして、こんな大事な日にカミングアウトすることになったのだろう。この間会った日に言ってくだされば良かったのに。
こんな日に、こんな形で知りたくなかった。
なんだか、悲しい……。
「アレン、空の様子がおかしい」
ジェラーニ副団長が入ってきて、こそっと言った。
応接室は窓がないので空の確認はできないけれども、雨でも降るのだろうか。
オーディンス副団長は、またわたしにクルッと回れ右をさせ、自分のほうを向かせた。
「あうっ」
急に回されたせいで、わたしの目までクルッと回る。
「リア様、動揺してはいけません。落ち着いて深呼吸をしてください」
「め、目が回……」
「神薙の動揺は、時に天変地異や災いとなって民に降りかかります」
「へ? て、天変地異?」
「あなたの感情は、大陸の環境に影響を及ぼすのです。何が起きるかは個人差があります。しかし、強風が吹けば船舶は沈み、大雨が降れば洪水で家が流され、大地が揺れれば人々が建物の下敷きになります」
んっ?
んんんっ?!
なんっ、なんっ、なんですか?
「怒りや悲しみは極力遠ざけ、民のために微笑んでいてください」
「え? わたし、初日に泣いちゃいましたけど」
「そのとき何も起こらなかったのなら、それは幸運だったと思ったほうが良いでしょう。大抵、神薙が泣くと大雨が降り、怒りに触れれば落雷で人が死にます」
「そ、そんな……」
大波を見た人々が「ポセイドン様がお怒りじゃぁー」と言うようなノリで、「リア様のおなかが減っているー」などと言われるわけですか?(いやです)
初日にわたしがピーピー泣きながら抗議をしたとき、陛下が凍り付いたような顔をしていたり、くまんつ団長がホッキョクグマになっていたのはそういう理由ですか。
天気のいい日に、「民はリア様の幸福を分け与えられて生きてるのです」と、イケ仏様が怪しい教祖のようなことを言っていたのも、そういう意味だった、と。
あ、そういえば、樽オジサンに絡まれたときも、ヘコめばヘコむほど空がドンヨリしていましたねぇ。
言われてみると思い当たることばかり。
あああぁ、頭がぐるぐるします。
ええと、ええと、ヴィルさんが団長さんで、お天気がわたしで、お披露目なので、笑っていなくてはいけなくて……。
「笑えって言われても、この、この状況で、どう……」
「リア様、大丈夫です。私を見て、何も考えなくていい。深呼吸をして」
彼はそう言うと、サッとメガネを外し、胸のポケットにしまった。
「はああぁっ! そ、それはダメ……っ」
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