第57話:再び白虎の門が…っ

 この期に及んで、なんてことをしてくれたのだろう。

 本人にしてみれば邪魔だっただけなのかも知れないけれど、こちらは落ち着けるものも落ち着けなくなってしまう。


 彼は今日、いつもの撫でつけペッタリ髪をやめ、そのサラサラヘアーを下ろしていた。それがこの状況をさらに悪化させている。

 もう、イケ仏様の顔面を覆う結界は何一つ残っていなかった。彼は、この至近距離で殺人兵器を解き放ったのだ。


 のおぉぉ、白虎の門が開いてしまいます……。

 こんなにもテンパっているときに、お扇子の装備なんてあるわけがない。


 やめて、お願いします。

 そのイケメン、今だけは引っ込めておいてください。

 ヴィルさんが突然現れていっぱいいっぱいなのですよっ。それから、お天気の話もですっ。

 落ち着いてと思うのならば、そのメガネをかけてください。


「メ、メ、メガ……」

「このようにひどく動揺させられて、可哀想に……」


 彼は頭がパンクしているわたしを抱き寄せた。

 たった今、一番ひどくわたしを動揺させているのは彼だと言うのに、それに気づいていないのだ。

 この距離でイケ仏レーザーを照射されたら、わたしは死んでしまう。

 み、短い人生でした。でも多分、笑って死ねると思いますっ。


「リア様、あの金髪クソ野郎に負の感情が湧くのであれば、今すぐ追い出しましょう」


 きゃーっ、お待ちください。

 誰もそこまでは言っていなくてですね……というか、離して頂けると幸いなのですが(泣)


「おい、アレン」


 すぐ後ろでヴィルさんの声がした。

 どうやらわたしを助けてくれそうな雰囲気だ。


 「苦情は受け付けません」と、目の前のイケメンは、わたしの後ろを睨みつけながら言った。

 すると「分かったからリアから手を放せ」と、後ろのイケメンが言う。

 二人に挟まれているだけで、頭がおかしくなりそうだ。


「いやだ。断る」

「いいから離れろ」

「あなたこそ、リア様に近づくな」

「アレン、言うことを聞け」

「だから私は反対したのですよ。あなたが名乗らないから彼女もずっと身分を明かせなかった。なぜズルズルと先延ばしにしたのですか。こんな日に動揺させる意味が分からない!」


 彼にしてみればヴィルさんは上司なのに、ヒト化したイケ仏様は、わたしの代わりに怒ってくれていた。

 メガネ岩だったり、仏像だったり、そして居酒屋の入り口にいるロボットにも負ける無機物だった彼は一体なんだったのだろう……。めちゃくちゃ良い人だ。


 異次元のイケメンと、それに噛み付く仏世界的イケメンの言い合いは次第にヴォルテージが上がっていた。

 とりあえず、ケンカをしている姿も神々しすぎて目がしぱしぱするので、どこか別の場所でやって頂けたら幸いです。

 お二人ならば、きっと時空やマルチバースの狭間みたいなところにも行けるはず。どうぞそちらでお願い致します。

 そして、この平凡なわたしをお披露目会に集中させて頂けたら……と(泣)


「リア、そいつから離れて、こちらへおいで」


 ヴィルさんはそう言うけれども、わたしがこのサラサラ茶髪のイケメンに抱きついているわけではなく、彼がわたしをホールドしているのだ。

 わたしは先程から、イケメンレーザーで丸焼きにされるのを待つだけの哀れな子ブタ気分を味わっている。

 しかし、彼はひどくイケメンであること以外は何ら問題のない人だ。彼が代理で文句を言ってくれたおかげで、急にヴィルさんが現れた動揺も治まりつつある。わたしには彼を邪険になどできない。


「デートだって、私が初めから最後まで、すべて段取りをして差しあげたのに、話と違うではありませんか! 打ち明けると約束したのを反故にされた。それどころか……!」


 怒れるホトケは、子ブタを強く抱き締めた。

 はあぁぁぁ、大胸筋が押し付けられるぅ(泣)


「それどころかリア様の唇を奪い、さらには心まで乱すとは許せません!」

「へぁっ!? ふ、副団長さま、なぜそれを……っ」


 全身の水分が瞬時に沸騰して蒸発する。

 大事なイベントを控えた身でありながら、なぜこうも容赦なくボコボコにされているのだろう。

 しかし、チューしたことをイケ仏様が知っている事実は看過できない。


 ヴィルさん、まさかとは思いますが、周りに話したのですか?

 あんなにも厳重に守られている庭園ですから、近くには誰もいなかったでしょう。つまり、自ら喋らなければ他人が知る余地などないのです。

 経験の浅い子どもならまだしも、大人はそういうことを他人には話さないのですよ。しかも、相手の身近な人物なんて、もってのほかです。

 ……う、うわぁぁんっ、恥ずかしいっ。

 ヴィルさんのバカっ、あほっ、お豆腐の角にぶつかっちゃえっ(泣)


 軽くメンタルをやられそうになり、無意識のうちにイケ仏様にしがみついている自分に気がついた。

 もう、メチャクチャだ。こんな精神状態で、大勢の前に出られるのだろうか。

 しかも、ヴィルさんが彼の怒りに触れたせいで、部屋に冷たい風が吹き始めている。ホトケの魔力が漏れているのだ。

 本人としては「ちょっと漏れちゃっただけ」なのだけれど、わたしは寒い。

 ぷるぷる震えると、ホトケがさらに密着して「私がお守りしますからね」と言った。


 ありがとうございます、イケ仏様。

 お気持ちは大変うれしいですし、とても感謝しています。

 でも、できれば、寒い日は温風のほうが嬉しいです。寒いです……。


「アレン、よせ。風を止めろ!」

「団長にリア様はお任せできない! 私だって、好きでこのおかしなメガネをかけているわけではないのですよ!」

「悪かった。お前には感謝している。しかし、風はよせ。リアの髪が乱れるし、風邪を引く!」


 ヴィルさんの説得もむなしく、風は次第に強くなっていった。

 どうか鎮まりたまえ、イケ仏よ。

 あなたはなぜそのように荒ぶるのか。

 どうか風の谷へお帰りください。


 誰か助けて。

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