3.有識者は違うぜ


 三人は足早にその場を去った。堀田は人混みに紛れて新宿一番街のゲートを目指し大通りを歩こうと提案したが、これを高木が止めた。

「焦って人目につくとすぐ見つかっちまうぜ」

「俺を強請ろうとした奴はお前がボコしてくれたじゃん」

 一歩前を行く高瀬は、佐々木のことをちらりと振り返って首を横に振った。


「そっちじゃねえよ。俺がタコ殴りにしちまったやつ、アイツどっかの組と繋がってるに違いない。ガキ使ってビジ…えーと」

「つつもたせ、な」

「美人局なんてのは、下っ端が小遣い稼ぎによく使う手口なんだよ。3人揃ってるとこあんまりその辺の店の奴らに見られると、次に歌舞伎町来た時には、あっという間にチクられて囲われて人生おしまいだ。だからなるべく、人目を避けてそれぞれで帰るんだ。あと佐々木、さっきパクったスマホ、さっさと壊しとけよ。ほんとに組に入ってたらGPSついてるかもしれん」

 そう言われた次の瞬間には、佐々木は先ほど若者から奪ったスマホを地面に叩きつけて、ちまちま踊るように踏みつけた。そして伊達に場数を踏んでいない元裏社会の人間の高説に、堀田と佐々木は素直に感心した。

「なるほどな」

「さすが、有識者は違うぜ」


 三人は高瀬が歩みを進めるままに、古びたスナックや中華料理店、そして一体何の店かは定かではないものの、いかがわしいことだけは明白な店等の看板が軒を連ねる細道の、路地裏に身を隠した。

「ここはまだ藤峰のシマだったと思う。一人ずつ、そのへんの店から帰る風を装って出よう」

「急に作戦がおざなりだな」

 賢いのかそうでないのか分からない高瀬の指示に、戸惑いの表情を浮かべる堀田であったが、一方で、彼自身もどう動くべきか考えあぐねている様子であった。


「じゃあ、俺お先」

 そそくさと路地裏から退散しようとする佐々木の首根っこを、堀田と高瀬が同時に掴んだ。

「おいコラ待て」

「お前は最後だ」

「なんでよ! 高瀬が残れよ、こういうこと慣れてんだろ」

 あくまでも小声で叫ぶ佐々木の顎を、高瀬が力強く掴んだ。まだ数分前の暴行の高揚が抜けきれないのかもしれない。

「そもそものきっかけは、お前だろうが」

「だってえ」

 堀田は余計な揉め事を増やし始めた二人を前に額を抑えて、それから穏やかに告げた。

「いいか佐々木。お前がデリヘル嬢に変な見栄を張らず一見して怪しいとわかる誘いに乗らなければ、こんなことにはならなかったんだ。だから、お前が最後だ」

 しかしその言葉は冷酷で、佐々木は口をへの字に曲げてしょげかえって見せた。


「さっきは守ってくれたのに……」

「その借りを今返してもらうんだよ。高瀬、俺はもう行く。お前も20分くらいは空けて出てこいよ」

「うす、またな」

「クズども!」

 高瀬が佐々木の顎から手を離し、堀田が踵を返しかけ、そして佐々木が悪態をついたのと同時に、路地奥で何かが崩れる大きな音がした。何かが落ちてきたようにも聞こえるその音に、三人は振り返って目を凝らす。


「なんだなんだ」

「暗いな、もう放っておいた方が」

「あそうだ、スマホのライトで」

 堀田の話を聞かずに、佐々木がスマホのライトを点けた。サイズの割りに強い明かりが三人の目の前を照らした。

 そこには、ひしゃげた室外機と倒れたゴミ箱、散乱して悪臭を放つゴミの数々。そして、その只中で目を空けたまま仰向けになっている、派手なシャツを着用した血だらけの中年の死体があった。

「ひいい」

 佐々木が腰を抜かす中、堀田が驚きつつも死体を覗き込んだ。

「死んでるのか、本当に」

「空からおっさん!? ——あっていうかコイツ」


 高瀬が言いかけたところで、頭上から人の声が聞こえた。佐々木は反射的にライトを点けっぱなしのスマホを上空に向ける。やたら眩しい白い光が、建物4階のベランダからこちらを見下ろす、数人の男たちの邪悪そうな人相をはっきりと映した。彼らはとっさに手で顔を隠したが、階下の三人に見られたと悟ると、皆が眉間にありったけの皺を寄せて凄んだ。

「こらあ! 何見てんだ!」

「やべやべ、堀田逃げるぞ」

「どこに」

「どっかだよ」

「高瀬、俺は!?」

「走れるなら来い、腰抜かしてるなら諦めろっ」

 どたばたと階段を降りる音が外まで響いてくる中、三人は一目散にその場から走り去った。


 結局ところ彼らは、飲酒後の全力疾走で発汗と吐き気に不快感を催しながら、雑踏に紛れて気休め程度に行方を晦ますしかなくなってしまった。中年と呼ばれるのはまだ抵抗がある、一方でさして若いわけでもない三人は、顔を白くして新宿駅東口までたどり着く。道中に立ち寄ったコンビニにてそれぞれ購入した水を胃の中に流し込み、ようやく一息つくと、佐々木はその場に座り込んでしまった。

「もう無理、だれかおんぶして」

「有識者的には、これからどうする」

 堀田は顔をハンカチで拭い、汗でずり落ちた銀縁メガネをかけなおして尋ねた。高瀬は腕を組み首を捻って、いかにも悩んでますといった風情で唸ったのちに返した。

「一回、パチンコ打ちながら考えていい?」

「いいわけあるか」

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