最終話 それぞれの未来

冬の訪れが厳しさを増す山寺に、勇一が訪れていた。ここは、少年院を出てからの宏太が修行僧として暮らす場所だ。雪で濡れたコートを手袋で払い、本堂で寒さをこらえながら待つ勇一の前に、「お待たせ」と言いながら宏太が現れる。その姿は、作務衣を身に纏い、頭皮までしっかりと焼けたツルツルのスキンヘッドだった。


勇一の顔を見るなり、宏太は「髪、伸びたな」と声をかける。それに対して勇一が「宏太は相変わらずだね」といたずらっぽく返す。宏太はひと笑いし、「そりゃそうだよ、修行僧なんだから。3日に1回、自分で剃ってるんだぜ、もう慣れたもんさ」と言い放つ。


そしてさらに、「よかったらお前の頭もやってやるぞ」と笑いながら提案する宏太に、「冗談やめてよ」と苦笑いする勇一。しかし、宏太はさらに「あれ、冗談じゃないけど?」と笑う。そのやり取りの間にも、2人の会話からは笑いが絶えなかった。


勇一はそんな宏太に向かって、「電話でも言ったけど」と前置きした後、春から大学に進学するため街を出ることを伝える。すると宏太も、「実は俺、ここでの修行を続けながら高校受験に挑んで、春から定時制高校に行くことが決まったんだ」と自身の進路を明かした。


それを聞いて勇一は顔を綻ばせ、「おめでとう」と、心からの祝福の言葉を贈る。互いの進路を確認しあい、その場は温かな微笑みで包まれていった。


「そうだ、西中さ、来年の新入生から丸刈り校則がなくなるんだって」と勇一が告げる。その言葉に宏太は「そうなんだ」と静かに呟き、薄く微笑みを浮かべながら「懐かしいな、坊主合戦」と振り返る。その言葉を聞き、勇一も「強制丸刈りデーのときのセルフバリカンには驚いたよ」と笑いながら話す。しかし、その心の奥底には、2人をここまで強くつなげてくれた校則がなくなってしまうことへの、ほんの少しの寂しさが滲んでいた。


とはいえ、勇一にとってあの校則は、自己主張という言葉の本当の意味を教えてくれ、宏太というかけがえのない友人との絆を手に入れるきっかけともなった。その事実は、彼の心を今でも明るく照らし続けている。


2人がしばらく他愛のない話を続ける中、宏太は勇一の顔をじっと見つめていた。その視線に気づいた勇一が「なんだよ」と聞くと、宏太は照れくさそうに、「お前、知らなかったんだけど、きれいな髪してるんだな」と言った。さらに、ややはにかみながら、「よかったら、触らせてくれない?」と切り出す。勇一は「もちろん!」と笑顔で答え、その頭を宏太に差し出した。


2人しかいない本堂の中。宏太は勇一の髪を、いつまでも愛おしそうに撫で続けていた。



1980年代に日本の公立中学校の約3割にあったとされる丸刈り校則は、岩手県の2校で2019年3月に廃止されたのを最後に、現在では全廃されたとみらている。しかし、校則への記載でなく「心得」としての運用や、男子生徒の運動部への入部を強制し、部則という形で丸刈り校則を実質的に継続している学校は、2023年現在も各地に散在するものと考えられている。

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カミスト 丸刈り校則被害者の会 @marugari_kousoku

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