第46話 尊文の丸刈り

あれから2年、宏太の姿は少年院内の床屋にあった。暴行事件とその隠蔽が発覚し、世間からの厳しい目にさらされた結果、両親は離婚し、父は行方をくらました。それ以来、宏太は少年院で過ごしてきた。そしてその間、勇一からは一度も連絡がなかった。


しかし、それに対して、宏太は決して怒りや恨みを抱かなかった。むしろ、それが当然だとさえ思っていた。自分がしたことに対して、勇一に期待する権利などない。そして、そうあるべきだと、宏太は自分に言い聞かせていた。


「これで最後だな」、という言葉とともに宏太の頭にバリカンをあてる床屋の老主人の言葉に、彼は引っかかるものを感じた。たしかに、ここでの散髪はこれが最後だ。しかし、自分が起こした事件、自分が失明させてしまったあの少年への罪は決して消えることはない。


少年院を出ることで、新たな人生が始まるのかもしれない。だが、それは同時に終わることのない贖罪の日々の始まりでもある。その重さを肚に据え、宏太は今、自らの罪と一生向き合い続ける覚悟を固めたのだ。


少年院の門が重く開き、外の世界が現れた。空からは細かい雨が降り始め、地面には小さな水滴が跳ねていた。それと同時に、彼の視界に入ってきたのは、勇一の姿だった。宏太は驚いた。その驚きは、勇一がここに来ているということよりも、その頭が丸刈りであることに対してであった。


宏太は手に持っていた傘を放り投げ、濡れることを気にせずに勇一のもとへと駆け寄った。「勇一、なんで...」「中学は卒業したはずだろ?」と、驚きと困惑が混ざった声で問いかける宏太。勇一は、はにかむように言った。「宏太はきっとつらい日々を過ごしてると思って。それなら、宏太が戻るまで、自分も丸刈りでいようと思ったんだ」


その言葉を聞いた宏太は、勇一を思わず強く抱きしめた。勇一も驚き、手に持っていた傘を地面に落とした。やがて宏太は笑い、「やっぱり似合ってるよ」と言って、雨の中で勇一の頭を撫でた。勇一は、その言葉に照れているようだった。


2人が再会の喜びに浸っていると、そこに何と、尊文が現れた。「尊文も来てくれたんだ!」と喜ぶ宏太。


すると、尊文は何も言わず、ただ被っていた野球帽を脱ぎ捨てた。そこに現れたのは、なんと、青々とした丸刈りの頭だった。「なんでお前まで」と笑う宏太。驚きを隠せない勇一。そんな2人を見つめて、尊文は落ち着いた声で語り始めた。


「実は、俺、高校でも野球部に入ったんだ。だから、この頭になった。幼稚園のころから野球選手になるのが夢で、それを叶えるためには、高校野球をやるときには坊主を強制されることを覚悟してたんだよ」


続けて尊文は、中学時代、自分が丸刈りにした勇一をからかったのは、丸刈りを否定することで、自分が将来、この髪型にしなければならない過酷な運命を否定したかったからだと思う、と打ち明けた。


「でもね、自分が丸刈りになった今、自分を表現するのは髪型じゃないと気づいたんだ。坊主になってでもやりたい野球をやってる。それが自分を表現することなんだって」


その言葉に、勇一は笑顔で頷いた。

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