第45話 消せない罪

6月のある日、勇一が塾に着くと、尊文が開いた雑誌に群がる生徒たちのざわめきで、教室は大騒ぎになっていた。それは、有名な政治家の未成年の息子が暴行事件を起こし、その事実を警察に賄賂を渡すことで隠蔽していたという衝撃的な記事だった。


そしてその記事に写真付きで掲載されている少年は、目線で顔は隠されているものの、間違いなく宏太だった。勇一は、足元から地盤が崩れるような錯覚に襲われた。彼の頭の中は突如として混沌とした雑音で満たされ、自分で自分の存在を感じることすら難しくなった。


勇一の足は塾を飛び出し、自動的に宏太の家へと向かっていた。目の前に広がる風景には目もくれず、彼の心と身体はただただ宏太の元へと急いでいた。


やがて宏太の家に到着した勇一を待っていたのは、記者の群れだった。それを掻き分け、勇一はチャイムを連打した。何度も何度もドアを叩きながら、「宏太! 宏太!」と叫んだ。しばらくすると、ドアが開き、宏太の母親が現れた。一斉に焚かれるフラッシュの嵐。「入りなさい!」という彼女の言葉に従い、勇一は家の中へと足を踏み入れた。


そこにいたのは、宏太だった。その疲れきった様子は、一見すると他人に見えるほどだった。室内は圧倒的な重苦しさに包まれている。号泣する母親、その横で何とか母をなだめようとする宏太。「こんなことになってしまって…」母親の泣き声が部屋に響く。


「記事は本当なの?」勇一の声は、自分でも思ったよりも小さく、震えていた。すると宏太は、一瞬目を閉じ、ゆっくりと頷いた。


「間違いない」


その一言が、勇一の心に深い亀裂を入れる。そして語られた宏太の過去。学道院中での事件の被害者は、宏太の暴行で、片目の視力を失うほどの大怪我をしたという。それは、勇一が一瞬で受け止めるにはあまりにも大きすぎる事実だった。驚きと混乱で口から声が出ない。何を言っていいのか分からない。そんな勇一を見て、宏太は静かに口を開く。


「嫌われるのは覚悟の上だ」その言葉には、宏太の決意と覚悟が詰まっていた。「だけど、勇一には感謝してる。今まで友達でいてくれてありがとう」そして彼は、最後に「この罪は、きちんと償うつもりだ」と言った。


その言葉が勇一の心に突き刺さる。目の前にいるのは、自分が知っている宏太ではない。それは、過去の罪を背負った別の誰かだ。その真実に、彼の心は壊れるように痛む。


勇一は涙が止まらなかった。宏太の告白、そのすべてが現実であることに、心は受け入れることができなかった。かけがえのない友人が、深い罪を背負っていた。それはあまりにも信じられない事実だった。


涙が頬を伝い、勇一の足元に落ちる。目の前の宏太はいつものように、優しく微笑んでいた。そして、その手がゆっくりと勇一の肩に触れた。


「ごめん、勇一」


そう言って宏太は、勇一を強く抱きしめた。その胸で泣き続ける勇一。彼は、もう何も考えられなかった。ただ、宏太を失いたくないという思いだけが心の中に残った。勇一の心には、悔しさと、無力感と、そして何よりも深い悲しみが渦巻いていた。

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