第44話 宏太の過去

5月、ゴールデンウィークの終わりと共に宏太の停学もようやく解除された。宏太はバレー部を退部となり、クラスの中には彼を避けるような空気が漂っていたが、それでも勇一は宏太の復帰を心から喜んでいた。


そんなある朝、勇一は校門で何かを探しているかのような怪しげな男が、宏太に話しかけている姿を目撃した。勇一はすぐさま宏太の元へ駆け寄ったが、彼からは「大丈夫だから離れてろ」と一蹴されてしまった。宏太の普段は見せないその剣幕に、勇一は驚きを隠せなかった。


「あれは誰なの?」その日の休み時間、勇一は朝の出来事について宏太を問い詰めていた。宏太は静かな場所を求め、音楽室へと勇一を連れていった。そして、朝の男性は記者だったと語る。思いもよらぬ返答に驚いた勇一が「なんで?」と問いかけると、宏太は、実は転校前の学道院中でも暴行事件を起こしており、それを理由に西中に転校してきたのだということを告白した。


驚愕のあまり言葉を失った勇一に、宏太は「黙っててごめん。隠すつもりはなかったんだ」と告げた。勇一の心中は、驚きと困惑で満たされていた。しかし、次に宏太が告げた言葉を聞いた瞬間、勇一の心に衝撃が走った。「実はさ、尊文には相談してたんだけど…」


「待って、なんで尊文に?」勇一の声が思わず上がる。自分が宏太の一番の親友だと信じていたのに、こんな大事なことを、宏太は尊文には相談していたのだ。その事実が受け入れられず、勇一はショックで口を開けたまま固まってしまった。


宏太はその後、何か説明を試みていたようだったが、勇一の頭は真っ白になってしまい、彼の声は全く耳に入ってこなかった。そして、混乱と失望に駆られた勇一は、発作的に部屋を飛び出し、教室へと走っていた。勇一の心は、宏太に裏切られたという痛みで塞がれていた。彼が一番信頼していた友人からの突然の告白。そのショックは、彼の中で深く疼いていた。


翌日の学校。普段なら休み時間になると必ず宏太が勇一の教室に顔を出し、「行くぞ」と坊主合戦の点検に誘ってくるのだが、その日は一度もその姿を見ることはなかった。勇一は心の中で、どうしたのだろうと思いながらも、特に宏太の教室まで足を運ぼうとはしなかった。


5時間目の移動教室の際、勇一は廊下で宏太とすれ違った。宏太は勇一に気付いた様子を見せたが、すぐに目をそらし、無言で歩き去っていった。勇一もその時は、宏太と話す気になどなれなかった。そうして、2人の関係は何週間もそのままの状態で過ぎていった。


塾にも、宏太はあの日から一度も顔を見せなかった。頭の包帯が取れた勇一は、ケガで傷ついた部分の毛根がなくなり、ハゲができてしまっていることに気がついた。尊文はそれを見て相変わらず何度もからかってきたが、勇一はそのハゲを愛おしく思うようになっていた。その傷が、自分が宏太に守られていたことを思い起こさせ、宏太の存在をその身に刻んでいると感じていたからだ。


宏太がいなければ、その傷はただの傷に過ぎない。勇一は、心から宏太を愛おしく思い、そっと自分の傷を指で撫でた。

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