第40話 未来の誰かを守るため

2月のある月曜日、勇一は2人の男子生徒の髪が少々伸びていることを指摘した。「そろそろかな?」と言ってみるが、彼らは一様に坊主合戦を拒否した。「今はちょっと勘弁してくれ」坊主合戦は通常、大半の生徒が盛り上がって参加するものだったため、その反応に勇一は驚く。宏太も「その長さ、抜き打ち検査があったら厳しいぞ」と加勢をするが、それでも彼らはバリカンを嫌がった。宏太の苛立ちが募る中、勇一はただ黙って見ていた。


やがて宏太がより強く「何でだよ」と尋ねると、2人は「来週バレンタインだろ。短い髪でチョコをもらえなくなったら、終わりだよ」と答えた。その理由のあまりのお粗末さに、勇一は苦笑いした。宏太も「そんな理由かよ」と苦笑しながら、「だったら15日には刈ること」と約束させた。一件落着したかに見えたが、勇一は自分がいつの間にか、自分があんなに嫌だった坊主強制を、他人に押し付ける立場になっていることに気がついた。


勇一がその疑問を宏太に素直に打ち明けると、彼は理解を示しつつも、「自分たちが厳しく頭髪を取り締まるのは、あの悲惨な強制丸刈りデーを二度と繰り返さないためだ」と語った。そして「これはいじめではなく、未来の誰かを守るための行為なんだ」と強調した。その言葉を聞いて、勇一は自分たちの活動の意義を再認識し、納得することができた。


3学期が終わる頃には、勇一たちの取り組みが功を奏して、学年全体で頭髪違反者は1人も出なかった。教師たちの態度に大きな変化があったかどうかは微妙なところだが、少なくとも勇一自身は、この成果に満足感を感じていた。


3月上旬のある放課後、勇一は通学路で翔陽小学校の6年生と思しき、丸刈り頭の男の子を見かけた。たぶん西中校区の子で、卒業式を前に丸刈りにしたのだろう。あの焦燥感溢れる日々から早くも1年が過ぎたと思うと、勇一はなんとも言えない感慨があった。


確かに、2学期までは勇一も、校則での丸刈りに抵抗感が強かった。だが今では、宏太のおかげでバリカンに対する恐怖はなくなり、街中で野中の生徒に出会っても冷静でいられるようになっていた。自分が成長できたことを実感すると同時に、彼は改めて宏太に対する感謝の念を抱く。その尊敬と感謝は日を経るごとに増していき、勇一はそれをただの友情以上のもの、深く濃密な絆のようなものだと感じていた。


勇一は、学習机の引き出しの奥に仕舞いこんでいたある封筒を取り出した。その中には、夏祭りで撮られた1枚の写真が収められていた。あの日、尊文に無理矢理タコのモノマネをさせられ、自分を押し殺して撮影に応じた彼自身の姿がそこには写っていた。


勇一は、久しぶりに見たその写真をデスクマットの隅に挟み、いつでも見られるようにした。何となく恥ずかしさはあるが、それでも自分の姿を見つめることができる。これは、一つの進歩だと勇一は感じた。


以前の自分なら、こんなに愚かな姿を誰にも見せたくなかっただろう。だが今の自分は、それを笑いと共に受け入れ、自分の一部として認めることができていた。その事実に、勇一は自分自身の成長を感じ、心からその変化を喜んだ。

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