第41話 頭、触ってもいい?

春休みのある日、勇一は宏太の家を訪れた。宏太の家のリビングには大きなピアノがあり、彼はそれを素晴らしく弾きこなしていた。勇一はソファに腰をかけ、宏太の指の動きを見つめていた。その指は白く、細長く、まるで芸術品のように美しく動き、鍵盤をなぞっていた。


演奏が終わると、2人は一緒にケーキを食べた。その時、宏太が勇一に向けて「もし来年、違うクラスになったら寂しいね」とつぶやいた。勇一はその言葉に対して、「だったら一緒にバレー部に入らない?」と提案した。「背も高いし、運動が得意な宏太だったら、きっと向いてると思うよ。それに、同じ部活に入れば、もしクラスが違っても、ずっと一緒にいられるだろ?」と勇一は言った。


その提案を受けて、宏太の反応は即座に出た。「それ、すごくいいね!」宏太は目を輝かせ、その場で母親に部活参加の許可を求めた。勇一は宏太から、ピアノをやるため、親の意向で運動部への入部を許されていないと聞いていたが、母親は少し考えた後、「お父さんにも聞いてみないとね」と言いながら、同意する様子を見せた。そして勇一は宏太に、新学期が始まったら一緒に部室へ行くことを約束した。


午後、2人は宏太の部屋でまどろんでいた。おやつのあとの一時は、何となく心地よく、春の日差しが宏太の丸刈り頭を優しく照らし出す。勇一はベッドに横たわる宏太を見ながら、ふと思いついたことを口にする。


「宏太、頭、触ってもいい?」


宏太は驚きながらも、「いいけど、なんで?」と不思議そうな顔をする。勇一は、「なんとなくだよ」と顔を赤くしつつ、そっと宏太の頭を撫でる。指先から感じる宏太の頭のさらさらとした感触は思っていた以上に心地よく、宏太の頭を撫でることで心が何となく安まるのを感じた。


しばらくすると、宏太も何かを感じ取ったのか、逆に「僕も勇一の頭、触りたい」と言い出す。勇一はそれを許し、目を閉じて宏太の指の感触を待つ。その手のぬくもりが勇一の頭皮を包み、その感触は全身を通って響きわたった。


と、その時、宏太の手の動きが止まった。何だろうと勇一が目を開けると、宏太の顔が勇一の鼻に触れそうなほど、顔の近くにあった。驚いた勇一が慌てて宏太を突き飛ばすと、体制を崩したはずみで、宏太のくちびるが一瞬勇一の頭皮に触れた。その意外なほど柔らかく、温かい感触を頭皮で感じた瞬間、勇一は体中に電流が走るような衝撃を覚えた。


「なんだよ、ひどいな」と笑う宏太に、揺れる感情を悟られないようにと普通を装いながら「なんだよはこっちだよ」と反論する勇一。宏太は「触ってたらなんかいい匂いがしたから、近くで嗅いでみたくなっただけだよ」と説明した。そして更に「あのさ、よかったらまた触らせてもらってもいい? この部屋なら鍵もかかるからさ、またうちに遊びに来てよ」と思いがけない提案をする。


勇一は、一瞬驚いた表情をしたが、はにかみながら「いいよ」と答えた。それからの日々、2人は宏太の部屋で布団に身をくるまり、互いの頭を撫で合うのが日課となった。その時間は、2人だけの秘密の時間であった。

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