第39話 初めてのバリカン

「僕が坊主合戦に積極的なのも、権力との戦いの一環だよ」宏太は真剣な眼差しで言葉を繋げる。


「ああして生徒が自分たちの髪を切ってしまう様を見て、少しでも疑問を持つ教師が出てくることを期待しているんだ。かわいそうだなとか、自分たちの教育は本当に正しいのかとか、何かしらの疑問を抱いてくれるなら、それがすべての変化の第一歩だからさ」


そう語り終えた後で、宏太は顔を赤らめてちょっと笑った。「それとさ、これは本当に内緒なんだけど、バリカンを使うのって意外と楽しいんだよ」その彼の微笑みに、勇一は思わず心臓が跳ねた。それはまるで、宏太という人間の裸の姿を見たかのような、躍動する興奮だった。


翌日、3学期の始業式。前日の宏太の言葉に心を動かされ、彼の信念に共感した勇一は、宏太と共に風紀委員に立候補した。自身も宏太と同じ戦いをしたい、その真剣な思いが第一だった。でも、それだけではなく、宏太が言った「バリカンを使う楽しさ」を味わってみたいという好奇心も、確かに心の隅には存在していた。


普段は遠くから眺めてばかりのバリカン。普段は妄想の中でしか経験できない髪を刈るその感覚が現実のものとなると思うと、期待感と興奮で彼の心は満ちていく。「よし、これからが本当の戦いだ」勇一は心の中でつぶやいた。そして、宏太と目を合わせて、確信に満ちた微笑を交わした。


2人が、教室を巡りながらクラスメイトたちの頭髪を確認し、長いと判断した子たちに注意を呼び掛けていく日々が始まると、程なくして「その時」はやってきた。男子の1人が、「髪を切ってほしい」と言ってきたのだ。


休み時間、初めてバリカンを手にした勇一の心拍は速くなっていた。その重み、そしてスイッチを入れた瞬間から手に伝わる振動は、彼の興奮をさらに掻き立てた。そして、バリカンを男子生徒の後頭部に走らせる。想像していたのとは異なり、その髪の毛は、手に何の抵抗感も伝えないままあっけなく刈り落とされ、ゴミ箱の中にパラパラと落ちていった。


目の前で、少しずつ白く露出していく男子生徒の頭皮。その変化を起こしいるのは自分だ、という事実が、勇一に新たな感覚を与えた。他人の見た目を形成する身体の一部に変化を与えてしまう力が、この手にある。その認識は、彼に優越感を味わわせた。勇一はその興奮を胸に秘め、無言で彼の髪を刈り続けた。


初めてのバリカン操作は思っていた以上に難しく、男子生徒の頭にはどうしても均等にならない場所ができてしまう。勇一はそのたびに何度もバリカンを当て、なんとかそれを調整しようとした。中学入学前、自分が初めて床屋で坊主にされたとき、この行為がどれほど嫌だったか、勇一はそのことを思い出していた。しかし、髪が刈り終わったとき、男子は「ありがとう」と満足そうに言ってくれた。


「どうだった?」と、隣で見ていた宏太が尋ねてきた。本音を言えば、とても楽しかった。しかし、宏太自身が、他人を坊主にするのが楽しいという事実を秘密にしているのを知っている勇一は、その場で楽しかったとは言えなかった。だから彼は、満足げな顔で頷き、「うん」とだけ返した。

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