第38話 スピーチの真意

3学期が始まる前日、勇一と宏太は床屋の前で待ち合わせをしていた。昨日は驚きでよく見ることができなかったが、私服姿でキャップをおしゃれに着こなす宏太は、学校で見るのとは違った魅力を放っていた。


店に入ると2人は並んで座り、同じ3ミリの丸刈りを注文した。これまで勇一にとって、バリカンは常に苦痛だった。だが今日は違った。何となく景色が変わり、モノクロだった冬休みの日々が鮮やかに色づき始めるような感覚があった。


宏太は気さくに店員と話していた。天気や街の話題、学校のこと。時には笑いを交えながら、バリカンが頭を這うのも快く受け入れている様子に、勇一は彼の新たな一面を見た。ふと、鏡に映る自分の姿を見つめた。短く刈られた髪、何度も落ち込んだ均等でない生え際の形。でも、横には同じ坊主頭の宏太がいる。そう思うと、勇一はなぜだか安心感を覚えた。


床屋の帰り道、勇一は宏太に向き合い、勇気を出して「どうして誘ってくれたの?」と問いかけた。


宏太はすっと遠くを見て、そして答えた。「勇一君がいつも頭髪検査のギリギリまで髪を切れないでいるのを見て、そして坊主合戦にも参加しないのを見て、心配だったんだ。冬休みが明けて、君がまた髪を切れずに来て、学校で強制的に五厘にされるのを見るのはつらいと思った。だから、一緒に来て、それを守りたかったんだよ」


勇一はその言葉に驚き、同時に感謝の気持ちでいっぱいになった。そして、これまでずっと気になっていたことを尋ねてみることにした。「それと、あのね、美しい坊主コンテストでの君のスピーチ、あれは本当のことなの? 夏休みの間髪を切れなかったのに、転校初日にあっさりと坊主にしてしまったのは、本当のところ、どうしてなの?」


その疑問は勇一の心の中で長い間渦巻いていた。それを聞いた宏太はほんの一瞬、目を見開いた。そしてゆっくりと目を細めて、微笑んだ。


「あれは、まあ、本心と言えば本心だけど、全部じゃないよ。あのスピーチは、みんなに勇気を与えるためだったんだ。実はね、転校して初めて教室に入ったとき、男子が全員丸刈りなのを見て、すごくショックだったんだ。それはその見た目のことだけじゃなくて、こんなにも多くの人たちが、学校という権力に従って、ただ黙って丸刈りになってしまう事実に驚いたんだ。


だから、僕は何とかしてその状況に立ち向かいたいと思った。でも、それは丸刈りを拒否することでじゃなく、長髪で転校してきた自分が、翌日には校則に従って丸刈りにする。その変化を見せることで、教師たちも少しは心を痛めて、丸刈り校則について再考するんじゃないかと思ったんだよ。


教師たちはね、生徒が入学してくるとき、みんなすでに丸刈りだから、彼らが小学生の頃、どんな髪型で、どんな思いで髪を切ったのか、それを考える機会がないんだ。だからこそ、僕は彼らにその変化を目の当たりにさせて、考えさせたかったんだ」


宏太の言葉に、勇一は深く心を打たれた。そしてその言葉を心の中で何度も反芻した。宏太が持っていた強い意志に感服すると同時に、彼に対する深い敬意と感謝の気持ちで、勇一の胸はいっぱいになった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る