第5話 尊文との絶縁
「お前ら、いつ髪切るの?」
2月に差し掛かったある日の給食の時間、勇一と光輝は、まだ長いままの頭髪を冷やかされるのに耐えていた。2人は顔を見合わせ、苦笑いを浮かべた。
「3月までは伸ばさせてくれよ」
何も言えない勇一に代わって、光輝が返す。そして、わざと髪をかき上げながら、「僕の長髪もそろそろ見納めだから、今のうちにしっかり見といてよ」とおどけてみせた。野中に進学予定の男子たちの笑い声が、教室に響き渡る。勇一は微妙な表情を浮かべていた。
そこへ、いたずらっぽい笑顔を浮かべた尊文が加わる。
「勇一も早く切ってこいよ。そうしないと、頭皮が焼けてないから、卒業式に青い頭で出ることになるぞ」
それは、翔陽中の卒業式では、中学校の制服を着て、中学校の髪型で出席するという伝統のことを指していた。つまり、勇一たち西中へ進学する男子は、中学入学を待たず、小学校の最後の日までに丸刈りにしなければならないのだ。
勇一は無意識に、手を自分のまだ長い髪に這わせ、その柔らかさと暖かさを確かめた。その瞬間、尖った恐怖が彼の心を突き刺した。「もうすぐ、この髪はなくなる。自分の好きなように髪型を変えられなくなる…」その現実に対する悔しさと無力感が、彼を飲み込んでいった。
尊文の一言は、勇一を極限にまで追い込んでしまった。そして彼は同時に、尊文との友情に大きな亀裂が走ってくのを感じた。彼はひたすら給食を口に運び続けることで、その現実から逃れようとしていた。窓外に低く立ち込める黒い雲は、まるで勇一の心を映しているかのようだった。
「おーい、勇一!」
翌朝、学校への道すがら、尊文の元気な声が勇一の耳に届いた。だが、勇一は口も開かず、視線も交わさず、ただ前を見つめて歩き続けた。彼の頭の中は、尊文の昨日の言葉でいっぱいだった。丸刈りになることをからかったあの言葉、そしてそれを言いながら自分は髪を切らなくてもいいというあの高慢さ。
「なんだよ、無視かよ!」
尊文の声が少し驚いたように聞こえたが、勇一はそれすらも無視した。
勇一は思った。「親友なら、こういう時にこそ一緒に悩んでくれるはずだ。だけど、尊文は…」彼は悔しくて、でもその気持ちをどこにぶつけたらいいのかわからず、ただ無言で前を見つめて歩き続けた。
その日の教室で、2人の決裂は決定的となった。
「俺、中学に上がったらさ、前髪伸ばして、サイドは少し刈り上げようかな」
尊文は勇一の前でわざと、クラスメイトたちと理想の髪型について語り始めたのだ。勇一は今朝、尊文を無視したことを心から後悔していた。それが友情を修復不能にする一石となったのかもしれない、と。でも、その時点で言い訳をする余地もなく、尊文に謝る勇気も湧かなかった。
勇一の心は深い悲しみと後悔に満ちていた。一緒に野球をしたり、宿題を見せ合ったり、映画を見に行ったり、幼稚園のころから尊文と共有してきた何千もの瞬間が、彼の頭の中をめまぐるしく過ぎていった。
「何であんなことしちゃったんだろう...」
勇一は自分自身に問いかけるが、答えは出ない。ただ、尊文が遠くなっていく感覚だけが確かに存在していた。
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