第47話 スリルのある探検をお楽しみください


「やっぱり受けるんじゃなかったよなこの依頼」


「それはそう。絶対ヤだよ私。あの人と敵対するの」


「あの記念式典を単独で切り抜けられる人の拠点を探れとか」


「絶対後で徴収するとか言い出しそうだ…………」


「胃が重い…………」


 ここにとある三人組がいる。


 少し前にダンジョン深層へ完全隠密と言う手段で挑み、何度も資源を獲得して帰還した猛者たちである。


 念入りな準備、戦闘を完全に捨てた軽装、そしてビジュアルを捨てたダンジョンの壁に同化できるくらいの地味な服装。これらを持ったうえで幸運に恵まれることでようやダンジョン深層を探索できるのだ。


 彼らは幸運だった。モンスターにであっても隠れることでスルーしてくれたことや手軽に持ち運べたのも運がよかった。


 200周年記念式典の惨劇から時間は経ったものの深層へ潜ろうという人間は前よりもさらに少なくなった。


 だが居なくなったわけではない。惨劇以降は中層を主に探索していた彼らだが、探索者協会を通じて指名の依頼が来てしまったのだ。


「国からの指名とか断れないだろ?」


「断ったら断ったで別のやつ送るんだろ?」


「でも隠密で成功したって功績で目をつけられてるんだし、向こうからしたら逃したくないんだよね」


「厄介な…………」


「しっかり前金を渡してきてるあたり、絶対に断らせる着ないよね」


「たじろいでる間に勝手に決められたからな」


 はあ、と三人同時にため息を吐いた。


 無理もない、いくらがいるからと言っていつ死んでもおかしくない環境に放り込まれたいものか。


 今なら期間限定で純光教の『教祖』が救援に来てくれるかも?とか言っている場合じゃないほどの修羅な場所なのだ。


 誰かに頼る前提の探索など論外。探索者として三流以下の者が考えることである。


 かといって気軽に一人で探索し、あまつさえ配信をするのも正直なところ危ないとは感じている。


 エンターテインメントとして必要であることは理解している。また深層があるようなダンジョンはともかく、自然発生した小さいダンジョンを潰すための人材も集めなければならないため完全な否定には至らない。


 公務員としてダンジョンを駆除する部署もあるため国としても規制はしずらいのだ。


 とはいえ仕事は仕事。探索者は持ち帰った物を換金することで収入を得ているが、たまに調査で駆り出されることもある。


 ダンジョン内の構造はたまに変わるのでマッピングの依頼は定期的にある。帰還できなかった者の遺留品探しもある。


 それでも今回は別口だ。


「準備はいいな?」


「消臭OK、ステルス迷彩OK」


「熱源隠しOK、魔力隠蔽OK」


「よし、これから一言も喋るなよ」


 彼らは透明になる。


 中層から上を探索する配信者なような華やかさは無い。


 ただモンスターと極力出会わないように祈り、そこに無い者として進んでいく。


 華やかさは無くとも何度もこの手法で探索に成功してきたのだ。


 されど彼等は過信しない。


 僅かな衣擦れすらモンスターに察知されかねない危険な場所を探索するのに警戒心は常に限界まで引き上げている。


 僅かでもモンスターの気配がすると壁に引っ付いてやりすごし、周囲に僅かな違和感がないか探し続ける。


 はっきり言って気が滅入る作業である。


 機械を扱っている以上、拠点はどこかにあるのだろう。


 それをこの前に大きく階層が変化したマップのない場所から探せと言われたら困るのも無理はない。


 そもそもだ、位置を特定したところで何になる?


 あの男が政治的なことで動くはずもないだろう。それに加えていつからいるかすら分からない人間が今更地上に興味を持つのか?


「「「絶対になびくことない」」」


 三人の意見は一致していた。


 個人で国家よりも強大な力を持つ人間が誰につくというのだ。


 それに制御できるか分からないものを手元に置きたがる心理はよく分らない。


 いざという時は死なばもろともとでも言いたいのか?


 とはいえ仕事は仕事。深層である以上は深追いせずに、手ごろな物資を持ち帰って何も見つからなかったと報告すればいい。


 薄暗くも明るい道を3人は進む。


「(なんだ、これは)」


「(氷?でも特別何か感じられるようなものじゃない)」


「(自然発生した感じじゃない。モンスターか?)」


 何故か残されていた大量の氷に目がいくが、警戒する以上に何もないため採取もいらない。


 訳が分からない痕跡を横目にしながらも彼らは進む。


 意外と痕跡が残っているのだなと思いつつも彼らは進む。


「(お、この鉱石は高値で取引されている物だ)」


「(回収しよう、遮音シート)」


「(はいよ)」


 いつものように鉱石を最小の動作で採掘し、音もなくその場を去る。


 道を進んでいくと、ドスドスと隠しもしない足音が鳴り響く。


 この場で堂々と足音を鳴らす生き物は一つしかいない。


 彼らは体を壁に寄せて息を殺す。そして現れるであろうモンスターが何なのかを静かに観察した。


 深層のモンスターは殆どが新種と言って過言ではない。映像に残さなくとも見たものをそのまま出力すればある程度の情報となり後に繋がるため可能な限り残さなければいけない。


 一体何が出てくるのか、音からして二足歩行と言うことは予測は出来た。


 鬼が出るか蛇が出るか。彼らの脳内にモンスターの想像図が浮かび上がる。


「がう?」


 出てきたのは美女だった。


 服装のセンス…………というよりも着ているTシャツのセンスが限りなく終わっているが、顔と乳は一流の中でも超一流と言って過言ではない。


 一瞬だけ見とれてしまったが、ここはダンジョン深層ということを忘れてはならない。


 Tシャツの美女が裸足でドスドスと明らかに重力級の音を出して闊歩できる場所ではないのだ。


「う?いる?」


 短いながらつたない言葉を発した美女は3人が息をひそめている方を向いた。


 心臓が一気にどくどくと鼓動しだす。


 明らかに異常な生命体がいて。完全に隠れているつもりなのに姿を見透かされている気がして恐怖心が煽られる。


 隠密と言う方法で深層を潜った際に出会った彼は遠目に見ていたものの助言だけして去ってくれた。


 良くも悪くも直接出会った人間にはお節介をかくような人だと思えたがは違う。


 美しく、そして獅子のように膨らんだ頭髪と獰猛さを感じ取れてしまっている。


 もし捕まったらただでは済まない。他の誰かが捕まったのなら見捨てて逃げるくらいの心構えを取っている。


 この話も3人で話し合って決めた事なのだ。いつか起こるであろう最期はしっかりと確認しておかなければならない。


 何故ならここは、いつ命を落とすか分からないダンジョンなのだから。


「くんくん、どこ?」


 何やら鼻を動かして周りを見渡して何かを探している。


 完全に気づかれてはいないが、この空間に誰かがいるという事は察しているようだ。


 キョロキョロと見えない物を探すように見渡してくるくると回っている。


 このまま早く去ってくれということを3人は願った。


 ダァンッ!


 壁が砕ける勢いで壁ドンされた時点で祈りは通じなかった。


「(見つかった!逃げろ!)」


「ぐるるるる…………」


 唸り声と共に獲物を捕らえたような舌なめずりを美女がする。


 映える光景ではあるが、人の姿をしたモンスターという事を理解させられるほどの迫力があり、一歩も動けなくなった探索者は他の2人に逃げるように促す。


 だが逃げられない。


 美女の顔は既に2人に向けられている。


 3人の隠密は可能な限り、余す事なくやれるだけやった。美女はそれを越した探知能力を持っている事となる。


 人生ここで終わりか、すぐ近くに来る終わりを目をギュッと閉じて待つ。


 死ぬのが怖いのは誰でも一緒。人であるなら死を恐れるのだから。


 アドレナリンが大量に放出されているのか感じる時間が長く思える。


 いつ襲いかかってくるか分からないまま時間が過ぎる。


 そして、少し目を開けて美女を見た。


「がう?うー…………」


 およそ人の言語ではない鳴き声?唸り声?どちらか分からないが困っている声色は伝わった。


 まるで何か大事な物を選ばなければいけないような迷いも見受けられる。


 壁ドンされている探索者と全く別の通路を交互に見て、まるでどちらかのおやつしか取れない子供のような顔だ。


「むー、ふんっ!」


 まるで命拾いしたなと言わんばかりの鼻息をかけ、美女はその場を去っていく。


 ドスドスという足跡が遠くなり、聞こえなくなった所で3人はへたり込んだ。


「(も、もう二度と来たくない…………)」


「(あんなのいつ湧いた?本当に人間にしか見えなかった)」


「(帰ろう、もう無理)」


 これ以上の探索は無意味。見逃されたため死ぬことはなかったが、恐ろしい物に出会いたくないという思いから深層から脱出する事を決めた。


 道中でもモンスターには出会うがやり過ごす事に成功し、中層へ戻ることが出来た。


 あの男の拠点を探すことは出来なかったが、新たな脅威を見つけてしまったことは報告した。


 そして広がる噂がひとつ。


 あの男もモンスターでは無いのか、と。


「で、それ聞こえてると思うのか?」


「多分ね。キメラー!ご飯の時間だから戻ってこーい!」


 彼らが命拾いしたのは『教祖』がおたまとフライパンをガンガンと叩いてキメラを呼んだからである。


 キメラは調理されていない人肉か、美味しいご飯かのどちらかを選んで後者を選んだという事を知るのは1頭だけである。

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