第46話 親しい仲にも


「ふう、いい湯だった」


「がう!」


 ホカホカと身体から湯気を立たせて水も滴る美形二人。風呂上がりでタオルを首にかけた二人が堂々と裸で並び歩いている。


 男と女、それも男女の仲でもなくどちらかというと敵対関係と言う言葉が合う2人なのだが話しているうちに非戦闘時は攻撃しないくらいの間柄になったようだ。


 女と言ってもキメラの股には大きな逸物が付いてるので明確に女と言えないが。


「さて、水分は蒸発させたとして、着替えをどうするか」


 一瞬、漫画で例えるなら次のコマに移ったら裸から服を着ていたというくらいの時間で『教祖』は着替えをしていた。


 キメラは見ていなかったのでどんな方法で着替えたのかは分からない。ただ、先ほどの純白な衣装ではなく健五と呼ばれた男と似たようなラフな服装に変わっていた。


「やっぱりこっちが落ち着く。普段着をアレにするのは堅苦しくてならんからな」


 目を丸くしてキメラは『教祖』を見たが、そう言うこともあると納得した。


 だってここは異常者しかいないのだから何が起こっても不思議ではない。未だにあの男は戻ってこないが放置していても問題は無い、はずである。


「君も裸のままは呆れられるだろう。服は…………持ってないな」


「う?がお!」


「何故そこで胸を張るかな」


 自分の身体に恥じることなしと言わんばかりに腰に手を当てて見せつけてくるキメラに『教祖』はジト目で見つめた。


 全裸で胸を張るキメラに、『教祖』はふと気づいたように手を叩く。


「そうだ、自分で服を決めたらどうだ?」


「う?ふく?」


「そう、服。俺やあいつが着ているように、さっきまで無理に着ていたもののことだ」


「いらない!」


「否定の言葉は覚えるのが早いなぁ~。でも、人間に溶け込むためには必要なことだ」


 『教祖』が手を叩くと、一つの本が現れる。


 その本は人間が1ページごとに映っており、どれもキメラからしたら変な服を着ている。


「がう?」


「ファッション誌だ。これを読んだら人間がどんな服を着てるか多少理解できるはずだ」


 これは一昔前に刷られた雑誌。キメラは知る由もないが今でも通用する服を着たモデルが取られており、どれもキメラにはやや劣るものの美形である。


「これを参考に選ぶといい。俺が作ってやる」


 未だに慣れない細い指でキメラは本のページを…………


「がう!」


「違う、そうじゃない」


 破いた。


 未だに慣れていない人間の指、繊細に動かそうとするなら力加減が難しいため紙程度の柔らかすぎるものは簡単に壊してしまうのだ。


 あちゃーと手で額を押さえる『教祖』をよそに、自分なりにページをめくっていく。


 どんな布がいいのか考えて、一つ一つ破っていく。


 そして、キメラは一つのページにたどり着いた。


 その服を出してもらうために『教祖』の方へ向きくしゃくしゃになりかけたページを指さした。


 本気かと言う呆れた顔に気づかず、そのまま言われた通りに『教祖』はその服をとりだした。


 そこから始まるのは着替えのショー。


 未だに慣れない『服を着る』と言う行為は、やはり時間がかかるのであった。


















「で、なんだそれは」


「あさりぽせいどん!」


「誰だよ、あさりポセイドン」


 ケンがようやく部屋から出てきた時、物音を聞きつけたキメラが真っ先に出迎え、そして胴体に蹴りをかました。


 だが全くびくともしない体幹にやむなく退いて、そしてパツパツに伸び切った胸を見せて自慢している。


 そう、キメラが選んだのはキャラクターがプリントされたTシャツ、しかもどこに需要があったのかアサリの頭をした半裸マッチョの古代ギリシャ風の服を着た謎生物がプリントされていた。


「で、何だこれは」


「カタログ見せたら一番気に入ったやつ」


「何でこのTシャツあるんだよ。ダサいし顔がぱつぱつで広がってるぞ」


「ぺっ!」


 キメラは貶された事に対して唾を吐いた。


 無論、ただの唾ではない。超音速で放たれた砲弾の如き威力を持つ唾だ。


 それでも顔を少しずらしたケンには当たらず、その横を通り過ぎて壁に穴を開けるだけで終わる。


「ふんっ!」


「あーあ、機嫌損ねちゃったよ。うんうん、あいつが悪いね」


「お前はどっちの味方なんだ」


「生きとし生けるものの味方さ。ただし、共存できたらの話だけどね」


 へらへらと笑っているがケンは知っている。


 目の前にいる者は確かに優しくて慈悲深い。だが敵となれば苛烈、容赦なし、徹底、念入りに潰しにかかる奴だ。


 ダンジョンがこうして現存しているのも『教祖』が慈悲をかけているだけに過ぎない。


「その可哀想なキメラのコーディネートをしたのがお前とは、何とも不憫だ」


「お?喧嘩売ってるのか?」


「いくら人間の常識を知らないとはいえあまりにも変なチョイスを渡すとは」


「全部この子のセンスだからな?ほら見ろ、後ろを向きながらめっちゃ唸ってるぞ」


 背中を向けてはいるが、ぐるるるると明らかに大きな唸り声が響き渡る。


 浴場を作ったため反響はしないが明らかに怒りの声が上がっている。


 無駄に美声のため美しくも猛々しく、そしてどう猛さを優に語るにふさわしい音だ。並の人間が聞いたら泣き崩れて小便を垂れ流してしまいそうな空気をここにばらまいている。


 その程度で怖気づく2人ではない。むしろ2人だけで喧嘩を始めそうな雰囲気が出始めている。


「遠回しに俺を攻撃するふりしてキメラをいたぶる高度な技か?」


「でもお前は止めなかっただろう?だったらセンスレベルは同じだろ?」


「よし分かった、久々に喧嘩したいってなら表に出ろ」


「いいぞ、楽しい運動の時間にしようじゃないか。コードメタルリキッド、追跡モード」


 ケンの言葉に工房にあった金属の箱が溶け出す。


 動く液体として部屋の外へ、ダンジョンの内部へと共に出る。


 そうして間もなく近くで轟音が鳴り響く。地面も少し揺れているため相当な戦闘が行われているのだろう。


 不貞腐れていたキメラはぷいと顔を向けなかったが、やはり興味はあるのでこっそりと覗きに行く。


 拠点近くで行われていないのは当然。なのでわざわざ遠くまで行って偶然湧いたモンスターもろとも処分しようとする腹積もりなのだろう。


 ドスドスと服を着たものの素足だけは譲れなかったキメラの足音は近くなっていく戦闘音に期待が高まる。


 原理は分からなくともどのような戦い方をするか遠目で学べる機会だ、貪欲に見ていかなければ今後の生存率も上がるというもの。


 恐らく喧嘩しているであろう地点の角からキメラはこっそりと覗き込んだ。


 それは芸術だった。


 ケンが身に纏い蒼く光る金属の鎧から放たれる光線。万物を焼き切る光が縦横無尽に放たれて、その隙間をまた白装束に戻った『教祖』が泳ぐ・・


 その『教祖』も飛行しながら光線を放つケンに対して水晶のように透き通った氷の礫を解き放ち、さらに燃えるものが無いはずなのに炎をまき散らし、氷にこの光景が反射して幻想的な場面を作り出す。


 熱というものは多くの感覚に作用する。熱により鼻の奥には焼けるにおいが漂い、ぱちぱちと弾ける音に惑わされ、視界も明るい炎の光でふさがれる。


 シンプル故に強い。自然の掟を表すかのように炎と氷と、そしてその中に混じる異端たる科学の光が交差する。


 ケンの鎧には氷と炎が掠る程度に当たっているが、『教祖』には光はかすりもしていない。


 片方は自身の防御に自信を持ちつつ被害を最小限に抑え、もう片方は生身の脆弱さを知っている故に布の一片すら焦がさないどころか汚さずに全て回避している。


 鎧に弾かれる氷の礫や炎の粉も魔力で出来たものであり、全てがキラキラと輝いて幻想的に見えた。


「どうした?当たってるぞ?」


「しょっぱい粉吹きかけられただけでこいつが傷つくものか」


「言ったなこの野郎!」


 2人とも顔は見えないが笑っているのは分かる。罵っているようでありながら認め合っている、そんな雰囲気を出していた。


 だが、ふとキメラは思い出した。


 幻想的な戦いをしている2人だが、普通に巻き込まれたら死ぬ攻撃ばかりには変わらない。


 1番の問題はこれが2人にとってただの遊びという事。


 モンスターの中でも化け物の位置にいると自負しているキメラすらから抱えている存在。


 まだまだ強くならなければならないと心に決めた時、キメラの脳天に流れ弾ならぬ流れ氷が飛んできて貫通した。


 忘れがちだが人間に擬態しているキメラの頭には脳が3つある。


 それが一直線に貫通した事により全員の意識が一旦途絶える事となる。


 次に目が覚めた時、喧嘩していた2人は仲直りして酒を飲み合っていた。


 そしてその酒のつまみにありつけなかったキメラは地団駄を踏んだという。

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