第48話 食欲との付き合い方


「あむあむ、これが抹茶イチゴタピオカ餅…………」


「情報が渋滞してるねそれ」


「あんまり美味しくない…………」


「だろうね」


 坂神あかねと雁木恵右はショッピングモールで食べ歩きをしていた。


 なお、購入した食べ物の9割以上が恵右の腹の中に納まっている。


 あかねはついでと言わんばかりにため込んでいたお金をショッピングに使い、アクセサリーや服を購入していた。


 ダンジョンに潜る際の服は殆ど固定である。何故なら防御力を重視した分厚いものばかりを全身に装備しているため地味な物が多い。


 なので探索以外の場面ではおしゃれに気を使っているのだ。


 いつどこでもおしゃれであれ。部屋着も部屋も配信で使うため社長がよく言っている言葉である。


「本当に服いらないの?結構いいの揃っているとこあるよ?」


「服は視聴者の人が送ってくれたのがありますから」


「あのクソダサTシャツのこと…………?」


「どこがダサいんですか。私のことを書いてくれた文字があるんですよ」


「あのどろどろフォントで食欲モンスターって書いてるシャツの事を言ってるなら焼くよ」


『私への貢物を焼き捨てるといったのかこの女!?』


 ガラスに映っているはずの恵右の姿が怪物のものへと変化する。


 とはいっても、その怪物の姿は恵右にしか見えず、声も恵右にしか聞こえていない。


 恵右からすると心の魔物と言ったところだ。またの名をイマジナリーフレンド。


 悪いことをそそのかしては来るとはいえ実行に移さなければいけないのは恵右である上に、恵右は大して動かないことが決め手となって、横で騒いでいるだけの存在と化していた。


『くっ、やはり簡単に身体の主導権は奪えないか。もっと魔力を蓄えさえすれば…………」


 その魔力を蓄えたら恵右も強くなって結局身体を奪えないのではというツッコミは彼女の頭の中だけにとどめておいた。


「全く、配信者たるものおしゃれに気を使わなきゃ」


「料理におしゃれはいります?」


「いるよ!食器だって高そうなものを選ぶだけで美味しく見えたりするし、見た目で寄って来る視聴者もいるからね」


「ふーむ、これは秘蔵の心臓ちゃんを出すしか…………」


「心臓ちゃんって?」


「私の作ったぬいぐるみです。田舎にいた頃からの心の支えです」


「なんかゲテモノ…………いや、だからこそちょうどいいマスコットになれるかも?」


 次のネタに使えるのではないかと考えるあかねに対して恵右は黙々と抹茶イチゴタピオカ餅を咀嚼する。


 都会に来てから舌が肥えたせいであまりおいしく感じなくても食べ物は決して粗末にしない。


「ごちそうさまでした。では次のところに…………」


「あっちの店に行こうよ恵右ちゃん」


「え?でもまだ食べてないところが…………」


「あっちの店に行こうよ恵右ちゃん」


「あの、あそこの店…………」


「あっちの店に行こうよ恵右ちゃん」


「…………怒ってます?」


「2時間ずっと放置されて食事している人に対する態度として合ってると思うよ」


 配信者は役者でなければならない。最期は醜態を晒そうとも画面の前の皆には笑顔で勇敢な者として立ち振る舞わなければならない。


 あかねは笑いながら怒っていた。


 確かに一度は恵右から離れて買い物をした。


 流石に一人になれば寂しくなるかもしれないし、多少は先輩を気遣って連絡して合流すると思っていた。


 まさか2時間も連絡一つない上に、様子を見に来たらまだ食べていたという。


 一応だが一緒に買い物に来たはずなのだが?まさか本当に食べるためだけに来たのか?


 流石に怒らなければいけない場面だ。笑いなら起こる芸当は朝飯前なのだ。


「私の方にも付き合ってよ、ね?」


「アッ、ハイ」


 恵右は頷くしかなかった。流石に先輩を放置しすぎた上に自分だけ楽しんでいるような状況で断れるはずがない。


 仕方なくあかねについていく恵右だった。


『いつまでこの小娘に従うつもりだ?』


 また幻影が語り掛けてくる。


 最近、よくこの幻影が自分の姿を借りて無駄に話しかけてくることがウザく感じていたりする。


 常に無視してはいたが、流石に回数が多くなってきているため心療内科にかかった方が良いのではないかと思い始めている。


 実際、上京してから見るようになった幻覚の為、都会の空気は合わなかったのかもしれない。


「ほら!あの服結構いいじゃん!次の配信で使うように買おっかな?」


『配信だの人気だの、くだらない事象ばかりに気を取られた人類だ。隙だらけでいつでも首筋に噛みつけるぞ』


「これもいいね。今度のお出かけのバッグにいいかも」


『お前は私、ずさんな計画だったとはいえ成功例となったのだ!』


「うえ、キメラのイラストが入ってる…………やっぱやめとこう」


「(うるさいなこいつ)」


 幻影が話しかけ続けてくるせいであかねの声が聞き取りづらくて仕方がなかった。


 あかねはあかねで話しかけてくる回数も多いが、他人に意見を求めるというコミュニケーションの一環でありショッピングのお供に話しかけるのは自然なことだ。


 しかし、しきりとモンスターのように誘惑してくるこいつはなんなのか。


 見た目もモンスターと自分に似た容姿の人間を混ぜ合わせた姿であり人を食えと囁き続ける。


 そういう衝動がないわけではない・・・・・・・・・・・・・・・


 知らない味ではない・・・・・・・・・


「どう?このスカート!」


「ちょっと子供っぽいです。似合いますね」


「結構天然気味にディスってくるよね。そういうところ好きだよ」


『愛されてるな。身を捧げてくれるそうだ』


「好きが何か勘違いしてない?」


「追撃かな???」


 ついつい口から出てしまった言葉があかねをちょっぴり傷つけた。


 それでもあかねは配信者、多少のディスり程度で折れることはない。


『何をいうか!好きと言うことは好きにしていいと言うことだ!食え!肉を!』


「まあそう言うところが恵右ちゃんだよね。よし、これにしよう」


 買う服を決めたあかねは手にしたままレジへと向かう。


『隙だらけだぞ。ほら、齧り付け。周りの奴らもお前に敵うわけもない』


 確かに腹が減ってきているのは事実。燃費が悪いのか、たらふく食べてもすぐに空腹になる。


 何か食べたい、そんな衝動があるが今ではない・・・・・


 食事とは静かに、ゆっくりと、安心して行うのが一番なのだ。


「お待たせ!次のところ行こっか!」


「ま、まだ買うんですか?」


「当たり前!買い物の時はパーっと使わないとね」


「食べ物にお金を回したい…………」


「見た目に投資したらいいとかの話もくるよ!さあ、行こうよ」


 あかねは躊躇いなく恵右の手を引き次の店へ向かう。


 今まで華やかなショッピングをした事がない恵右からすると困惑の方が多いが、これも人としての楽しみの一つなのだろうと納得させた。


 人間社会に生きるためには食べるだけは終わらないのだから。


『我らの世界は食べるだけでいいのだ』


 適度にね、と心の中にしまいつつもそれなりにショッピングは楽しんだ。


「きゃあっ!虫よ!」


「またかよ、さっき追い払ったばっかりなのに」


 清掃員が何度も侵入してくるバッタを掃除しているのを横目で見ながら、楽しんだ。

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