第21話 液体には真空を


 地上が大変であっても深層は変わらず静かなものだった。


 前回のモンスターハウスでリソースを相当使ったのかモンスターの出現率がいつもより少なめだった。


 クソキメラはいつも通り襲い掛かって来たのでハンバーグのタネに変えてやった。皮も鱗も骨もしっかりとすりつぶしてその辺に放置してやった。


 お遊びはさておき、今日は壊してしまった監視装置の素材を取りにやってきている。


 素材を多く取っていきたいため、片手に剣、そしてもう片手にはハンマー、そして背中には予備の剣とつるはしを入れたリュックサックのような鞄を背負っている。


 多めに鉱石を取り、何度も試行錯誤を繰り返そうとしているのだ。


「さて、そろそろ鉱石スポットのはず…………ないな」


 いつもなら鉱石の群生地と言える場所はダンジョンの壁とは違って明らかに質の違う石が表面に現れているのだが、彼が知っている場所にそのような痕跡は残っていなかった。


「前の影響か?あの時に大きく地形が変わったから、そのせいで群生地が変わったのか」


 剣を肩に担いでめんどくさそうな顔をする。これを意味することは脳内でのマッピングをし直さなければならないからだ。


 他の場所も変わっているため膨大な広さを誇る深層をもう一度探索しなけれればならないのだ。


「ったく、ホント余計なことしかしないな。変な計略とか絡んでないよな?」


 天井を向いてそう呟いた。ダンジョンへの大規模侵攻も大概だったが、ダンジョンから現人類への潜在的な侵攻を聞いてしまった以上、可能性を否定できなくなってしまった。


 彼は常軌を逸しすぎた身体能力と科学力を持つ代わりに超常現象に関しては全くと言っていいほど扱えなかった。


 最近になってしなる金属の手袋という道具を使ってようやく魔力とかかわりを持つ事が出来るようになったため、分からないことは多い。資料は端末から入手できるが肝心なところは企業秘密な部分が多く、完全な解析には至っていない。


 端末に関してもそうだ。流石に通信技術を公開するという愚行は犯してないため完成させるには程遠い。


 それどころか魔力の扱いを少しでも間違えば爆発するため普通に危険なものでは?という疑問が生じていたり。


 それでも諦めずにチャレンジしていくのだ。そう思った矢先の出来事。


「ん?あれはスライムか?」


 ズルズルとゼラチンを引きずったような湿っぽい音が通路の先から聞こえてくる。


 5秒ほどで通路の縦横いっぱいに半透明な赤色のスライムと呼ばれる粘液型モンスターが姿を現す。


「このサイズは珍しいな。どこかで争いが起きたのか?」


 粘液型モンスターは総じて『ダンジョンの掃除屋』と呼ばれている。その体質としては死肉を液状の体に取り入れて溶かし、それを自身の栄養素に変えて活動するスカベンジャー的な存在である。


 浅い層では体積も小さく、そこまで大きくなるようなものではない雑魚の類ではある。それでも深層のスライムは今目の前にいるように規模が段違いだ。


 もし、中層で通路の幅を覆いつくすほどの物が出たら大惨事間違いなしだろう。


 何しろ、まともな物理が効かないのだから。


「液体生物ってのはホントに分からん。何でナノマシンでもないのにコア一つであれだけの液体を操れるんだか」


 ケンは科学のスペシャリストではあるが魔力に関しては素人以下である。


 故に、魔力の塊の生物に対して理解に苦しむ場面が大量にあるのだ。


 だからと言って倒せないわけではない。ゴーストだって基本的に目を合わせたら何故か逃げるのだが、倒そうと思えば倒せる手段はあるのだから。


 尤も、彼にとって一番簡単な手段はこれを知る者からは、よほどの緊急事態以外で使わないでと頼まれていたりする。


 そんな訳でこのスライムをどうしようか考える。


 放置していたら変にモンスター同士の捕食に影響し、さらなる肥大化を止めなければいけないので対処しなければならない。


 ハンマーとつるはしはこの戦闘では使えない。ならば剣でどうにかするしかない。


 考えていてもスライムはのっそりとこちらに近づいてくるため猶予はそこまでない。


「さて、液体には蒸発が一番いい」


 スライムの成分は消化液が多いが、多少の毒性も含んでいる。もちろん深層のスライムだとその毒性はさらに強くなり、蒸発した成分を多量に吸うと対策をしていなければ簡単に死に至る。


 なお、この男に毒は効かない。


「そいっ」


 目に見えない速度で剣を振る。何もない空間に振ったはずが、超高速で振り切ったために真空刃、かまいたちと呼ばれる空気の刃と衝撃波がスライムに襲い掛かる。


 だぷん、と水分ばかりの体が二つに分かれたが、みるみるうちに元に戻っていく。


 やはり、単純な物理攻撃は効かないようだった。


 それでもブンブンと剣を振りつ何度も真空刃を放ち続ける。


 何度も液体の体を切り飛ばし、再生させ続けてもらちが明かないように見えるが、それでも少しづつ体積は減り始めている。


 それも微々たるもので無駄に時間がかかるということは明白。ケンだって暇ではないのだ。


「温まってきたか?もっと熱くなるぞ!」


 剣を振る回数が加速する。1秒に一振りが二振り、三、四と増えていく。


 そして、剣は振られるごとに熱を持ち始める。


 常軌を逸した速度で振られ続けているため空気との摩擦により表面に熱を持ち始めているのだ。


 熱を持ち始めたのは剣だけではない。空間そのものも徐々に温度が上がり始めている。


 密閉された空間ではないとはいえ、前方はスライムの体で空気はスライムの体を切り裂いた時以外殆ど通らず、後方は剣を振り回し空気を常に押し出し、送り込んではいたものの後ろに放出させるということはしていない。


 つまり、ほぼ一箇所に熱された空気が集まりつつあるのだ。


 体積なら負けないはずのスライムが、真空刃によって身体が分かれて温められる表面積が増え、すぐにくっつくものの熱された部分は少しずつ蒸発していく。


 この空間は異常なまでの熱気と湿度で包み込まれている。


 ケンの服がじとっと湿っているが、汗は一滴もかいていない。


 深層の粘液型モンスターの厄介なところは体積の割に核が小さい事。小さな球体に大量の粘液を操れるのか本当に意味がわからない。


 それに、下手に粘液に触れたら消化液として金属や衣服を溶かされるので、遠距離でしか(面倒なので)攻撃出来ないのだ。


 大量にあったスライムの体積が約1割ほど減った頃、ケンの目にようやく目当てのものが見えた。


「見つけた、スライムの、核!」


 真空波を放った瞬間にハンマーを投げる。真空となり粘液を断ち、切り拓かれた道をハンマーが通る。


 ぶおん、という音がスライムの核を通り抜け粘液の鎧から露わになる。そこにハンマーが飛んできて、ダンジョンの壁にぶつかるまで押し出される。


 ここまでしても核は変わらない。すぐに粘液を戻さねばとスライムの核が『思考』したその時。


「チェックメイトだ」


 男の手の中に握られていた。


 外からの打撃では簡単に変わらないという自負はあるはずの核はメリメリと潰されようとする。


 逃れようとしてももう遅い。唯一の弱点を異常な握力によって潰されてしまう。


 パラパラと粉になり、地面に撒かれる。


 粉は薬に使われると聞いたが、取っておく必要もなく捨てるのだ。加工しようにも耐熱性能は高いし量も少ないし他のスライムと核と合わせようとしても相性があるらしく、個体差が激し過ぎるため合成にも向いていない。


 ケンが扱う科学にとって物凄く使えない物だったのだ。


「さて、そろそろ探索進めるか。マップも新しく更新しないといけないからな」


 これもいつもの事だと言わんばかりに歩き出す。スライムの身体を占めていた液体は本体を失ったため形を保てず大量の水分として地面を濡らす。


 不思議なことに消化液や毒液の作用は消えていて、いくら成分を調べてもただの水になっているのだ。


 これも魔力がなせる技か。魔力の事について作用がわからないため解析もできず放置することにした。


 いつも通りにその場を去る。地上がどう動こうと、この男は変わらない。


 新たな風が深層に吹き込む時、世界は新たに動き出す。

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