第22話 超人流クッキング
「そろそろ飯にするか」
工房にこもってどれだけ経ったか。ダンジョンの資源の群生地を探索してマッピングが終わり、ようやく拠点へと帰宅。
そこから再び作業へと入り気づけば相当な時間が過ぎていた。
腹は減っていなくても栄養補給は必要だ。何年も飲まず食わず息をせずとも何故か生きることが出来る謎の体質であってもいざという時のための貯蓄は必須になる。
入口となっている部屋に調理するための器具は揃っている。坂神あかねを接待した時にシチューを作った台所のことである。
別に酔狂でもなんでもなく、味覚自体は多少超えていても普通の人間と変わりはないため不味いものより美味いものを食べたいと思うのは当然である。
心を無にしたら食べられないこともないが、非効率的だし平常心を保つために食事は必要。
何かの間違いでトチ狂うことは許されないのだから。
「今日は何作るか。魚を食いたい気分だが、空中を泳ぐ魚は最近見かけないんだよなぁ。在庫も無いし、普通にステーキでも作るか」
そう言いながら冷凍庫を開ける。素材が大量にあるため、その大きさも収納のために大きくなっている。
扉を開くと冷気が白く部屋に流れ出る。ケンはそれに構わず中身をあさり、目的の肉を出す。
「こいつだったか、あの暴れ牛の肉。ミノタウロスみたいなのはともかく、普通の牛の姿をしたのが居るのはいつも助かるよな」
素手で袋に包まれた肉を台所へ持ち運び、フライパンを持ちだしてドンとその上に乗せる。
肉が乗ったフライパンをさらにコンロの上に乗せ着火。そのまま弱火で肉を焼き始める。
肉の厚さが5㎝ほどある重厚なものでありながら冷凍していたということもあってじっくりと焼いて解凍していくつもりのようだ。
「味付けは何にするか。塩もいいが、ここは醤油ぶっかけて食うか」
まだ時間がかかりそうなため、冷凍庫の隣にある箱からペットボトルのような容器に入っている黒い液体を用意する。
醤油も自家製である。この深層でも植物が生えていたりするため、たまたま豆を見つけて発酵させたら上手くいったのだ。
深層とはいえ地球の植物を上品質で自生させているダンジョンに感謝できる要素の一つだ。
地上でもダンジョン産の野菜は取引されているが、安定性はないし高級食材のため農業が廃れる要素もないようだ。
何故、ダンジョンに地上の野菜が生えているのかは不明である。
「そろそろ頃合いか、強火にっと」
コンロのツマミを調節し火力を上げる。ごう、といい音がしてフライパンを底から熱しあげるのだ。
「やっぱブランデーかけないといけないよな。確か5年前の詰めてたのが残ってるから、それ使うか」
強火にしてから再びフライパンから目を離し、飲料水を仕舞っている保冷機能付きの棚を開けてワインボトルを取り出した。
このワインボトルも自家製であり、ガラス成分を多く含むダンジョン産鉱石から製作したのだ。
中に詰まっている葡萄酒もダンジョンから採れたものを加工して詰めた物だ。
基本的には興味が無いことでも、やるとなればかなりの凝り性を見せる悪癖に近い何かを発揮するのがこの男。何でもかんでも手作りで済まそうとする。
「そいっと、じゃばーっと」
片手でワインボトルのコルクを開け、そのまま強火のフライパンにぶっかける。
ごうっ、と大きな炎がフライパン上の肉を焼く。まだ半分くらいしか焼けていないが、香りと風味をつけながら炎上させる過程を芸術として楽しんでいるのだ。
フランベ、と呼ばれる手法だが本職に聞いたらかけるのが早過ぎるとか言われるだろう。
知った事ではない。このタイミングでぶっかけて焼いた物が好みなのだ。
「さて、確かこの牛肉の事だからそろそろだな…………」
豪華に焼かれている牛肉だが、深層のモンスターということもあってよく分からない部分がいくつもある。
まず一つは死肉でも魔力はかなり長い間残っていること。
魔力を正確に調べられないためどこまで残留するのかは分からない。だが、彼が知る限り放置していても1年は衰退せず残っている事もある。
逆に魔力を抜けば鮮度が著しく下がるのだ。かなり初期に魔力を吸う鉱石を使った魔力抜きをしてみるとみるみるうちに黒ずんで劣化していった。
そう、強ければ強いほど魔力が肉体に宿り、そして長時間冷凍しなくても鮮度を保てるのだ。それでも本当に腐ってないか不安になるためケンは冷凍庫に保存している。
死肉になれば基本的には刺激を与えても反応せず、焼いたら火も通るので食料として問題ないのだが、深層のモンスターは悪い意味で質が良すぎる。
びったぁぁいぁん!
突然、生き返ったかのように跳ねたりするのだ。
「大人しくしろ!」
もちろんこのままだと大暴れして、下手すると部屋に置いてある家具を破壊しかねない。
一度大きく跳ねた肉は天井スレスレまで飛び上がり、そしてフライパンではなく地面へ落ちようとしていた。
なので地面に落ちる前に殴り飛ばした。
強力なパンチを食らった肉は壁の方へ飛んでいき。
「そいっと!」
既に先回りしていたケンに再び殴り飛ばされる。
もちろん先程のようにまた壁にぶつかりそうになるが。
「今度はあっちだ」
また別方向へと殴り飛ばされる。
調理中に暴れる肉を制止ながら焼いてる途中で肉を柔らかくする無駄が多い無駄じゃない過程を作り出す。
何度も殴り、10数回殴り叩いたら肉も抵抗する力を失ったのかクルクルとコミカルに回転しながら宙を舞う。
そして熱され続けているフライパンの上に綺麗に着地した。
そして何事もなかったかのように調理を再開した。
これは異常なのだろうか?いいえ、普通です。深層のモンスターの調理はかなり命がけになるのだ。
実際、かなり熱された肉が飛び跳ねまわったら周りは汚れるし、人に当たれば熱傷になる可能性だってある。
中層の強いモンスターが死してなお動くことがある。それでも肉は美味いため調理に命を懸けるという専門店はあったりする。もちろん富豪層の面々をターゲットにしている。
「そろそろいい頃合いか」
強火で焼き続け、一度ひっくりかえして再びブランデーをかける。
新たに燃料が投下されたことで大きな火柱を上げて肉は焼かれ続ける。今度はどれだけ焼いても逃げる魔力は残っていないらしい。
じゅうじゅうといい音と漏れ出た肉汁が弾け飛ぶ。香りも重厚で間違いなく美味い焼き肉の匂いが漂い続けてもまだ表面しか焼けていないため我慢強く焼き続ける。
「そういえば、調理風景を動画にとって上げるってのがあったよな」
昔も今も、食事というのは生命維持に必要でありながら飽食の時代となった頃から娯楽の一つとなっていた。
彼が生まれた時代にはそのようになっており、テレビに食事風景を映して宣伝するという手法も多々あったことを思い出した。
料理風景も食欲を湧かせる為にあえて見せることによって視聴者の欲を増幅させて宣伝へとつなげることもしていた。
「まあ、こんなところでやっても何の意味もないよな」
彼の言う通り、深層のモンスター一匹すらまともに狩れない人間に見せても嫉妬を買うくらいしかないだろう。
無意味な想像を頭の中からかき消して、十分に焼けた肉を鉱石を削って作り上げた石の皿にのせる。
立方体の金属製テーブルに乗せて、ガラスのワイングラスに葡萄酒を注ぎ込む。
「さて、いただきますか」
そう言って彼はフォークとナイフを手に取った。もちろん深層の鉱石で作ったモノである。
切れ味の良いナイフを入れて細かく分ける。そしてそのまま口に含みかみしめる。
美味い。自画自賛するわけではないが、彼にとって普通に美味いと思うくらいには上手くいった。
実は素材をふんだんに使えばもっと美味しくできるのだが、敢えてそのようなことはしない。
理由は単純、舌が肥えてしまうからだ。
このような閉鎖空間で美味いと感じていた物が前と比べて同じように感じなくなる。贅沢に慣れ過ぎてしまえば後々に困るのだ。
いつか友人と再会した時、その時の食事が不味いと感じるのは雰囲気が台無しだろう。
だからこそ、そこそこの食事を常に続けて自制をしているのだ。
「ふう、ご馳走様。洗浄機に放り込むか」
肉を平らげ、ワインを飲み干して立ち上がる。そして自動で食器を洗ってくれる機械へ放り込み、再び足を工房の方へ運ぶ。
再び言わせてもらうが、これは単なる栄養補給でありそれ以上の意味を持たない。
淡々と人間としての行動を忘れないために行っているのだ。
今は新たな装置を作るための作業を優先する。作業の簡略化のために時間を惜しまないのも仕事の一つだ。
そして、充満した肉の匂いも部屋の隅に設置されている空気清浄機によって清浄されいつもの日常が戻ってきた。
「へぇー。ここが都市!美味しいものいっぱいあるのかなぁ?」
新たな風が、血の匂いと共にやってくる。
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