第20話 おともだち


「さて、監視装置もそろそろ佳境だな」


 一人で機械らしい箱を弄りながら独り言を言う寂しい男が居た、ケンである。


 ダンジョン深層で発生した大規模なモンスターハウスを殲滅(ただし一匹取り逃す)をして一日が経過していた。


 普段の生活に戻り、しなる金属の手袋をして魔力の籠った金属を何度もいじくり返していた。


 そろそろ形になろうとしていたが、最後の一押しがなかなかうまくいかないのだ。


 やはり、魔力の籠った金属を扱うのは難しい。そもそも魔力自体が不安定なエネルギーであるため、それを安定化する根本的な技術が今までなかったのだ。


 ようやく触れるようになった手前、すぐに上手くいくとはいかない。


 だが、地上では10年かけて得る技術なのだ。それを僅か数週間でものにしようとしている時点で相当な化け物なのだが。


 その時だった。


 ジリリリリ、ジリリリリ、と工房に設置してあった黒電話が鳴った。


 その音を聞いてケンはぴたりと動きを止める。


「このタイミングでかかってくるか」


 作業を中断し、音が周期的に鳴り続ける黒電話のところへ迷いなく歩いていく。


 黒電話の前まで来ると受話器を取り、そして耳に当てる。


「俺だ。どうした?」


『よう健五。随分と派手にかましてるじゃないか』


 そこから聞こえてくるのは男か女か分からない中性的な声。だが、口調は男であるため無意識に男と認識してしまいそうになる。


「おかげさまでな。そっちの主尾はどうだ?」


『相変わらず、ダンジョンの維持に努めてる感じだ』


 性差なんて些細なこと。この男にとって電話の相手は長年の友であることには変わりないのだから。


『まさかこのタイミングで新しい罠が見つかるとはな。確かに、大人数での攻略ってのは今までなかったもんな』


「殲滅できたから問題はない」


『SNSで盛り上がってるぞ。あのやべー奴は何者なんだって』


 ケラケラと笑いながら電話の相手は言う。


 多少の規制はかかっているが、配信を録画していた者も居るため特定の箇所を切り出して見直すために、そして視聴数を稼いで小銭を稼ぐために動画サイトへアップしているのだ。


 もちろん多くの人間の眼につくことで世界中で話題になっていた。


 チェレンコフ光や蒼い太陽、そして最後に探索者がパワードスーツを着たケンを殴りつけた姿もばっちりととられていたのである。


 無論、全てが大炎上した。明らかに危険な兵器を使用していること、同じ人間を殺したという事実、命を助けられたはずなのに暴力を振るったこと。


 悲しいほどに全てが悪い方向へ進んでいるのかと錯覚するほどの暴言や罵倒の嵐、擁護する声もあるがすぐに喧嘩となってコメント欄にて争いが繰り広げられている。


「下らない、と言いたいが人の本質は変わらないと言いたいのか?」


『まあな。ここ最近は妙に民度が落ちてるのを加味しても人はそんなもんだ』


「そうか。民度が落ちてると言うのは?」


『ああ、聞いてくれよ。最近うちの教団・・で徹底はさせてるんだけどさ』


 電話越しの相手は語る。


『元から何世代もかけて信仰させてる訳なんだが、ここ最近は新参の質が著しく低いんだよ。自分勝手が過ぎるというか、少しの不利益でもこうしろと言って、他の新参もそれに同調するように』


「まさかとは思うが、こっちのダンジョンの話と絡んでるのか?」


『お前の事だから察しはついてるだろうけど、結論はまだだ。どうもこの風潮が30年前から始まっている。理不尽な理由で叩いても、逆にそいつを叩く声が少ないという感じでな』


 ふう、とため息をついた後に何かを口に含んで飲み込む音が聞こえた。


『何かおかしいと思い始めたのは20年前。こっちでも地上の人間の調査をし続けてたけど大した変化は見られなかった筈だった』


「単純に思考が原始に回帰し始めてるんじゃないか?ダンジョンという住むことさえ出来たら自給自足で賄える場所があるのだから」


『浅い所で試そうとしてる奴はいるな。殆どが諦めるか、死体になって消えていくかだけど』


「流石に原始時代まで戻らないか」


『便利な生活ほど捨て難いんだよ。だから、こうしてお前が下で頑張ってる代わりに地上を復興させようとしてるのさ』


「最初にダンジョンを飼い殺しにする提案をしたお前らしいな」


『使える物は使う主義なんでな。っと、話が逸れたな』


 ごほん、と一つ先 咳払いをする音が聞こえた。それと同時にバタバタと誰かが走って近づいてくる音も電話越しにノイズとして聞こえる。


『違います、あなた達を呼んだ訳ではないのです。誰にだって咳払いすることはあります。そもそもいつから盗み聞きしていたのですか?』


 砕けた言葉遣いから一変、急に威厳がありカリスマ性もある声に変わる。


 何も知らない者がこれを聞いたら自身の意思とは関係なく従いたくなるような、意識を完全に持っていかれるような美しい声。


 誰かが急に部屋に入ってきたのだろう。外面を取り繕うためのとっさの行動らしくはあったが、完全に板についているなとケンは思った。


『君たち、1週間無料奉仕です。あとその間は私の部屋に接近することを禁じます。分かったらさっさと出ていきなさい』


 諭すように、されど罰を与えるために容赦なき言葉が発せられる。


 しばらく無言が続いたが、誰か複数人がその場から出ていくような、扉が閉まる音と共にため息が聞こえた。


「好かれるのも大変だな?」


『良くも悪くも完璧そうな姿を示さなきゃいけないからな。これでも教祖なんでね』


「盗聴されてますよ教祖様」


『威厳、ないのかなぁ!?』


 ケンとしては冗談のつもりであったが、電話相手からしたら割と深刻な問題のようである。


『今度こそ話を戻すぞ。全体的な人類の質の低下はデータ上からも明確だった。俗な言い方でDQNな奴らが増えてきてるってことだ』


「それとダンジョンに何の関係が?」


『200年前、正確には199年と11ヶ月前のことが絡んでいる』


「回りくどい、端的に言え」


『死んだモンスターの魂が今の人間の魂と混ざり始めている』


「…………なんの冗談だ?」


『冗談は言うが、嘘をつくことは基本的にしないんだけど?』


 全くよしてくれよ言わんばかりの態度。しかし、ケンからしたらこの電話相手が不誠実なことを働くことは滅多にないと知っているからこそ冗談と考えたかった。


『ダンジョンから発生したモンスターの魂は再びダンジョンへ溶けて新たなモンスターへ生まれ変わる。少なくとも俺達・・の認識はそうだった。だけど、この期に及んでごく一部が人間の糧になることが分かった』


 電話相手は続ける。


『俺や「うっとおしい母さん」、あとは天文台の面子みたいな最初から魔力を持っていた奴らは問題ない。だが、一般人、とくにダンジョン探索者はよほどのことがない限りモンスターを狩り続ける。かつて安全性を確立させる前だと本当に戦闘に向いていない人間も戦わざるを得なかった時代から、人々はモンスターを殺し、意図せずモンスターの魂をその身に受け続けていた』


「それが、思考の野蛮化だと?」


『的を射てるな。あえて言うなら、思考がモンスターのように野生化している。敵と思う奴には攻撃的な姿勢を見せるように、思考が侵略されているんだ』


「なるほど、そう来たか」


 ここでようやくケンも不可解と思っていたことについて納得した。


 本来なら人間は200年かけても全体的に、突然変異がごく少数現れることはあっても劇的に成長することは無い。


 昔なら中層ほどのモンスターを倒すのに大人数かつ相当な銃火器を持ち込まなければ倒せなかった。だが、今は配信という端末を持ち、片手縛りや注意を逸らさざるを得ない行動をとりつつモンスターを倒しているではないか?


 深層以外の情報は黒電話という極一部の相手との話でしか得られない彼は、漸く地上の人間と接することによって進化にしては少々危なっかしいと考えていた。


 その答えが狩りをしていく中でダンジョンの魔物の魂という力そのものを体に取り込むという無意識の中で組み込まされていた絡繰りがあったのだ。


「それってつまりあれか?お前たちが危惧していた…………なんだったか」


『ダンジョン自体が蟲毒、もしくは生贄の箱そのもの。そして、200年前から現在に至るまでにダンジョン関連で死んだ死者の魂、死に際に発生する火事場の馬鹿力と言われるエネルギーを利用した新たなる強者を地上に誕生させる儀式が実を結んだらしい』


 そこであえて一つ区切りを入れて時間を作る。どうやら、電話相手が最も嫌なことが確認されたようだ。


『ダンジョンの管理者は既に居ないが、ダンジョン自身が死にたくないと地球に根付いて200年。まるで生き物のように意思を持ち始め、そして地上を侵略し始めた』


「予測しうる最悪のことが起きたか」


『なんで声が弾んでるんだよ。割と地上の危機なんだぞ』


「知った事じゃないな。だからって俺を殺したりお前を殺しきったり・・・・・・出来るのか?」


『…………分かった、基本的に関わりを持たないというならこっちから伝えておく。だが、深層のモンスターを駆除し続けるのは忘れるなよ?』


「仕事は忘れないさ。合間の趣味を楽しむためにな」


 あくまで地上のことには無関心。自分の仕事としたいことをこれからも続けることだろう。


「そっちも教団頑張れよ。まあ、愛人はほどほどにな」


『作りたくて作ってんじゃねーよ!肉食どころか骨までかじりに来てんだよあいつr』


 ガチャン、と話の途中で彼は受話器を置いて電話を切った。


 これは定期報告だ。誰がどのような成果を上げたのかを伝えるだけの儀式。長くて数十年に一度、短くても数年に一度の友達との会話だ。


 だからケンは寂しいと思ったことは無い。死んでも死なない怪物友達が常に、どこかでのんびりとこの星を守るために、自分達の楽園を終わらせないために生きているのだから。


「さて、この監視装置試作№4号の電源を…………あ」


 ボンッ


 ようやく完成間近という所で回路が爆発。監視装置完成の道は、魔力を持たない彼にとってまだまだ遠い道のりのようだった。


 どれだけ世界が深刻になろうとも、割と自由な男には変わりはない。


 衰退を知らず、彼の超常現象以外の全てが進化し続けるのだから。

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