第15話 祭りの時間
『ただいまより、ダンジョン200周年式典を開催します!』
画面の中で美人に相当する女性が壇上で高らかに宣言した。
その一声と共に大きな喝采が巻き起こる。多く集められた人間が記念日を祝い、新たな門出となるであろう今日を楽しむ。
それを端末越しに深層で見ているのがこの男。ケンは地上のイベントは実質的に無関係であり、この日も深層の奥地で探索をしていた。
稀にではあるが、ダンジョンは中の様子が大きく変わることがある。大きくなればなるほどその頻度は少なくなる。
田舎こそ頻度は多くともパターン化されており、逆に深層ほどの規模になると滅多に起こらない。それこそ数十年に一度くらいの規模である。
その地形変化も20年前に起こったためしばらく起こることは無いだろう。
「しかし、今日はモンスターがあまり居ないな。こいつらもダンジョン記念日って分かってんのかねぇ?」
トコトコと歩きながら心にもないことを言う。その瞬間のみを生きようとしているモンスターがそんな高度なことを考えるものか。
最近は暴れまわったから一時的に避けられているのだろう。最近深層で活躍している探索者のように消臭はしていないため、生まれたばかりのモンスターは割と積極的に襲ってくるのだ。
他のモンスターも襲い掛かってくることはあるが、熟練したモンスター程近寄ってこない。
そういったモンスターをケンは狩る。そうでなければ悪知恵をつけて面倒なことになる可能性があるからだ。
「これはこれでつまらない日だな。ん?」
配信を見ながら歩いていると、突然電話の画面が映りだし、ぶるぶると端末が震えだした。
試しに緑の受話器を押してみると、そこに坂神あかねの姿が映った。
ベッド上で足に包帯を巻いていたが。
「ケンさんこんにちはー」
「…………怪我したのか?」
「普通にマンションの階段から足を踏み外しました」
「馬鹿、この、馬鹿じゃないか?」
中堅探索者がこんなザマでいいのか?そんな疑問が頭をよぎる。
仮にも体が資本な職業について、装備品もそれなりにいいのをつけているはずなのに足を怪我するという致命的なミスをするものなのだろうか?
「くしゃみしたら足踏み外しました」
「なんでそんなことになるの?」
普通に不幸というか、不注意というか、タイミングが悪いとしか言わんばかりの出来事に呆れるしかない。
「いやー、丁度階段を降りようとしたタイミングでふいに来ちゃいまして。そこでくしゅんとしたら…………」
「一体いくつ階段の角に体をぶつけたんだよ」
「しっかり足の骨も折っちゃいましたし、しばらく休みなんですよ~」
「その様子だと式典に出てないよな。それに、その情報はまだ発信してないのか?」
「記念日に悲しいお知らせしようと思わないじゃないですか。イメージダウンしちゃうし盛り下がっちゃいますよ。発表するなら式典が終わってからだよ」
ダンジョン配信者というそれなりの立場を弁えての意見だった。
皆が楽しんでいる最中に水を刺すようなことはしたく無いのだろう。簡単に炎上へと繋がるため避けたと言うべきだ。
「それはそれとして、やっぱり地上に出ないんですか?ケンさんならどこでも活躍出来ると思うんですけど」
「ここに居ることが仕事みたいなものなんだね。易々と出るわけにはいかないんだ」
「ずっと気になってたんですけど仕事って?あとしれっとモンスター倒しましたよね今」
ズカズカと秘密にしてそうなことを質問しつつ、画面外の断末魔でモンスターを倒したことに気づくあかね。
気軽に会話してるし、片手で端末持ちながら表情をひとつも変えずにやってのけることは自分達から見て強者の筈の生物を片手間に狩っている。
やっぱり色んなところが超越してるんだな、そう思い敵で無かったことにホッとする。
「まあなんだ、仕事内容は熟成したモンスターを作り出さないことだ。定期的に深層全体を見回って、成長してそうな奴を殺すのが主体だ」
尤も、目についた時点で殺すし、ゴーストみたいな物理が効かないタイプには『とっておき』を使って消滅させる。
そうして今までやってこれたのだ。このダンジョンで彼を戦闘不能状態に陥れることが出来るモンスターが居ないからこのようにやっていけるのだ。
なお、これを普通に当てはめてはいけないことは言っておく。
「へぇ~、それ聞いてよかったこと?」
「今まで話す相手も少ないし、別にいいだろ」
「少ない秘密知っちゃった!やったぁ!」
「もう誰かの秘密ではしゃぐ年じゃないだろ」
「乙女はいつでも乙女なんですー」
ぶーぶーと成人女性が子供のようにブーイングをかます。本当に足を負った人間なのかというくらいには余裕な感情を露わにしている。
「そろそろいいか?一応だが式典の内容が気になっているんだ」
「それってあれでしょ?100人で深層攻略するやつ」
「装備が集まっているようだが、それだけで簡単に攻略できるような場所じゃない。それこそ君が持っている
「まあ、浅い所しか漁らないみたいだし大丈夫だと思うよ」
「どうだか、ダンジョンで何が起こるか分からないからな」
時たま現れるモンスターをなで斬りしながら男は歩き続ける。
ここ200年で大きな動きがあったのは初期の頃くらいだった。
ここ最近、クソキメラを見ていないことも気がかりだ。三日に一回は襲い掛かってくる奴を見なければ日付の感覚が狂うくらいに合うモンスターを見ていないという胸騒ぎがケンの身に常にのしかかる。
まさか、地上の情報を何らかの形で入手しているのではないのだろうか?
200年もあれば人類だって相当な進歩をすることだってある。それが野生動物に適応されないという理由は無いし、ましてやダンジョンという摩訶不思議を体現した生き物がずっとそのままでいるのか?
長い年月をかけて間引きしたつもりでも何らかの見落としがあってもおかしくはない。
「あ、今から深層に入るみたいですよ!」
あかねが端末を動かしたのか、画面には式典が行われている配信を映しているテレビが映し出されるという言葉にしずらい状況が出来る。
それまでダンジョンが出現してからの歴史が流れていたようで、戦後のようなモンスターに荒らされた街という古い写真から復興し元の文明を取り戻した現代の写真が流れ続けていた。
そして画面が移り変わり、薄暗いようで明るい洞窟が映し出される。
『こちら中継受け取りました。チーム「ロックスタイル」、須藤だ』
全身をガチガチの金属鎧で固めた男らしい声がする者からの中継らしい。
『こちら、既に深層に突入寸前だ。先走りかねない奴を抑えるのに必死で、血気盛んというのは困るものだ』
ぶっきらぼうながら毒舌をかます彼に会場はどっと沸く。
無理もない、中堅から上位陣の一部が参加して合計100人となっており、複数のチームがペアとなって10人以上固まって行動しようとしているのだ。
もちろん全員突入するわけではないらしい。
『先陣はチーム「ロックスタイル」が行くとくじ引きで決まっている。公平にしないと信用が失われるぞ』
『分かってるって!ったくうらやましーなー!」
『わ、弁えましょうよ。先陣って言っても未知に突っ込むようなものですよ!』
『だからこそ映えるものがあるのだ…………』
参加者が中継で次々に喋っている。誰が誰だか分からないが、チーム『ロックスタイル』とやらは防御を固めまくり棍棒のようなもので殴り倒すスタイルらしい。
他も全身を防具で固めており、一部が顔出ししているくらいのマジ装備と言わんばかりの面子だった。
『では、行くとしよう。記念すべき最初の一歩だ』
堅苦しそうなチーム『ロックスタイル』のリーダーらしい男が階段を下りようとした。
その瞬間。
ガコッ
深層へ至る階段が全て滑り台のような坂になって全員ギャグのように滑り落ちた。
式典出席者は全員唖然としていた。
もちろん坂神あかねも口を開いてぽかんとしていた。
そして、深層に住まう男は迷いなく走り出した。
ダンジョンが出現して200年、歴史上初めての出来事だった。
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