第16話 この光景は類似している
「え、な、何が起きたのこれ」
坂神あかねは信じられないようなものを見て、やっと正気に戻ったのか口を開く。
確かにダンジョンには罠は存在する。地面が急に泥になるような典型的なお邪魔要素から謎の糸を誤って引っかけてしまうと吊り天井が落ちてくる露骨なデストラップまで対応していたりする。
こういうのは命に直接かかわりのないものは見つけづらく、逆に死に直結するものはかなり露骨に仕掛けてあるのだ。
かつてあかねが経験した転移トラップも非常に悪質ではあったが直接命には関わらなかったのでひっそりと隠されていた方である、むしろよく踏めたなというくらいの範囲の小ささだったのだが。
そしてケンとテレビ通話が繋がっている端末から恐ろしいほどの勢いで風の音を拾っている。
大概の雑音をカットする高性能のはずなのに、相当な勢いで端末を持ったまま腕を振り続けてるのだ。
「け、ケンさん?これ何が起こってるか分かる?」
問いかけるも風の音しか返ってこない。
『うわあああ!』
『なんだこれ!初めてだぞ!』
『待て、強制的に全員深層入りか!?』
『こ、ここ本当に入り口?なんか事前情報と違うんだけど!』
テレビからは阿鼻叫喚が繰り広げられる。
事前情報は隠密探索者チームが持ち込んだものだが、それとはまったく違う光景が目の前にあった。
滑り台となった階段から放り出され、相当な高さから落ちたにもかかわらず着地地点が何故か柔らかい上に先に落ちた人がクッションとなって無事な人間が『多かった』。
立ち上がれる探索者はあたりを見渡す。
そこは、異様に広い空間で、一定の高さ以上のところに入り口のような穴が出来ていた。
何もない筈なのに妙に明るい。元々一定の明るさは保たれていたのだが、洞窟である以上暗いという雰囲気はどうしても拭えなかった。
それなのにここはどうだ、まるで太陽が遮られぬ見通しが良い晴天のような明るさではないか。
「…そっ…こんな…………未知の……」
風の合間に端末から独り言がとぎれとぎれで聞こえる。どうやらこちらを気にしないほど焦っている様子だった。
画面もよく見たらポケットにしまっているらしくほとんど見えない。
向こうで焦っているのだろうか、あかねのことは全く気にもかけていない。深層で長く潜っているはずの男が見たことのない現象を知った以上調査しなければいかないらしい。
『お、おい!アレを見ろ!』
そう言ってテレビの中で誰かが落ちてきた入り口じゃない穴を指を刺した。
そこから
『も、モンスター…………』
『馬鹿な!数が多すぎる!』
『10……20……数えきれない!』
『今ここでこいつらとやるのか!?無理だ、数が足りない!!!』
そう、本来ならモンスター1頭につき10人程度で対応する手はずだった。
現状の装備ならその計算で皆生還できるはずだった。
だが、100人が集まろうともモンスターの数がそれを上回ってしまってしまえば何の意味もない。
この光景は、実は先ほど式典に参加している者と中継を見ていた者はデジャヴとして感じていた。
そう、ダンジョンからモンスターが溢れかえった時に当時の最新鋭の兵器で戦いに挑む際に撮影された写真に。
敵は多数、それに対してこちらは数は劣っている。
だが、その当時に溢れ出ていたモンスターは弱く、大して人間は戦車や銃火器を用いた決戦仕様だった。
そして今、モンスターは常軌を逸した強さで、人間の装備は剣など近接の物ばかり。
『く、くるぞおおおおおおおおお!』
工藤だったか須藤だったかは分からない。ぞろぞろと、ゆっくりと、恐怖させるかのようにモンスターが探索者達の元へ進んでいく。
そして、地獄が始まった瞬間にテレビの映像が『しばらくお待ちください』に切り替えられた。
一方その頃、ケンは記憶している道を走り続けていた。
周囲にソニックブームをかましながら急いで走った。
だが、信じられないことに彼が歩いて来たはずの道が壁で塞がれてるではないか。
明らかな異常事態であるにも関わらず、彼は速度を保ったまま突っ込んだ。
壁が破壊される、破片が飛び散る、そして道は貫通し切り開かれる筈だった。
ある程度身体がめり込んだ時点で、並の生物ではとらえることすらできない速度で、砕かれた破片が磁石のように壁を修復した。
ケンを埋めたまま、元通りに。
「なると思ったか!」
と思われたがその壁の中から再び砕いて元の通路に戻ってきた。
どうやら最短で入り口につながるルートは完全に塞がれてしまったようだ。
恐らく、ここから入口につながる通路も全て塞いでいるのだろう。なんたって、今回の件で最大の障壁となるのはこの男なのだから。
「困ったな、単純な力で通さないのがここの醍醐味なんだよな」
そう、このダンジョンは壁を壊して先へ進もうとしてもすぐに修復されてしまう迷宮となっている。簡単に言えばズルは許さないという仕様だ。
モンスターハウスのようなトラップは過去には存在するが、ここまで大規模なものは今までなかった。深層でのこのような状況は
だからと言って見逃すわけにもいかない。
さきほどのテレビで一瞬映っていたが先頭にクソキメラが居たのでもう全然ダメ。成長スピードが緩やかでも確実に進化している奴に人間の味をこれ以上覚えさせるわけにはいかない。
だが、こうして即座に回復する壁を突破することは容易いことではない。この突進も
ただ単純故に本気を出せば『全てが終わりかねない』から手加減は必須なのだ。
「…………仕方ない、久しぶりにアレを引き出すか」
ケンは再び走り出す。あえて遠回りするように、それでも速度は先ほどと変わらず音速を超えて駆け抜ける。
道中ではぐれたモンスターは通り過ぎた風圧で通路の壁まで押し出される。
もはや眼中に無いと言わんばかりの暴走を続け、幸いにも自室までの通路は塞がれていなかったようだった。
ダンジョンの外周だけは何故か壊せるようになっているため、そこを改造した彼の部屋の入口は引き戸となっている。
外周のみ効果範囲外というのは決して珍しくない。ダンジョンによっては外部からの戦略的兵器での破壊はできないが、内部の破壊はできるというのもある。
こればかりは運が絡むと言うもの。即座に内部を再生し、また定期的と思われていたが不定期に内部構造を変えられるというものであるためそういう性質なのだろう、と納得するしかないのだ。
「急がないと全滅するだろうし、さっさとやるしかないか」
そう言いつつ彼は工房へ一直線へ走る。流石に自室を壊したくないのか控え目、と言っても相当な速さで進む。
そして、工房の最奥にあった箱の前に立つ。
何の変哲もなさそうでどこか不気味な箱の前でケンは手を当てた。
「コード・メタルリキッド。プログラム・アマテラス、起動」
その瞬間、箱が溶けた。
そしてスライムのような意志を持つ動きでケンの体を捕食するように包み込んだ。
もごもごと動き続け、
これはスライムに非ず。
男の体格からそれに沿ってぴったりとした服装のようで、顔まで覆われた光沢のある緑と黒の滑らかなアーマー。背部には対となるように揃えられた四本の尖ったアーム、そしてブースターが複数配備されてある。
これは生き物に非ず。
『システム起動。アマテラスMARK7、オールグリーン』
自動音声がなることで『装備』が完了したことを確かめるべく、両手を握り動作確認をする。
思うようなモノになったことを知覚した男は呟く。
「久しぶりの戦争だ。征くぞ」
これは、『究極の科学の結晶』である。
超凝縮型高密度ナノマシンアーマー、名称『アマテラスMARK7』。人類が数百年以上かけて実現するかどうか分からない究極の『旧世代』装備を引っ提げて男は征く。
かつて深層のモンスターを殲滅したように、凶悪な蒼き光を発しながら一つの閃光として工房から、部屋から、ダンジョン深層の入口へと消えていった。
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