第14話 塵の山


 塵も積もれば山となる。小さな積み重ねを重ね続けたらいずれは大成するという意味を含んでいる。


 武器と防具と薬が集まり、ようやく世界が待ちに待った深層攻略が始まろうとしている。


 世界中でダンジョンの中層の素材を大量に集め、そして深層を隠密攻略という形で少ないながらも最低限の体裁は整っていた。


 ダンジョンが誕生して200年というキリの良い年こそ祭りにふさわしい。


 過去で散々苦しめられてきたダンジョンだが、今は資源を産出する鉱山のような扱いを受けている。


 地方の小さなダンジョンは、浅い層の最奥にいるモンスターを倒せば潰れてしまう。その際に中に居た人間は全て謎の力によって地上へと瞬間移動するため、モンスターと罠以外の要因で生き埋めになったという事例は今のところ存在しない。


 田舎だからこそ資源量は少なく、放置していればモンスターがあふれ出る可能性があるため駆除という名目で早期に潰されることはある。


 逆に、大規模のダンジョンはなぜか・・・深層のモンスターは出てこない。それ以外の階層のモンスターは地上に出ることがあるのだが、その前に探索者によって狩られている。


 モンスターは狩られた後は持ち帰ることが出来るサイズなら肉となり皮と骨を分けられ素材になる。


 探索者を食い殺そうとしたら、相応の仕返しが待っているのだから仕方ない。


「はーい、ということで今日はこのダンジョンを潰していこうと思いまーす」


 田舎のダンジョンは種類が少ないどころの話ではない。種類が一つ二つと言っていいほどの単純なものであり、もうこれだけ歴史を重ねていれば見飽きてしまうと言うもの。


 どういったモンスターが湧くのか、どのような罠が配置されているのか、生産される鉱石はどのようなものがあるのか。



:こんにちわー

:今日もお疲れ様です



 同時視聴者は一人、二人が当たり前な配信者が小遣い稼ぎ程度に仕事としてダンジョンを潰すことがザラなのだ。


「はい、ということでダンジョン駆除も板についてきました。今日も軽くひねってやりましょう」


 これはどこにでもあり触れるダンジョン配信者の話である。


 このような配信は毎日24時間行われている。むしろそれ専門の配信者という地位で細々と生計を立てる者もいる。


 もちろん稼ぎはかなり少ない。されど居なければ困るのでダンジョン駆除は公務員扱いで必要な人材のため決して減らす訳にもいかない。


 都市に存在するダンジョンであるなら大手企業の抱えるトーク力と戦闘力がある配信者を確保出来たり、資源を回収する人材をメインとする会社は存在する。


「はあ、やっぱりいつも通り狼とか小鬼みたいなのしかいないな」


 もちろん、こういった細々とした所に目が向かないわけが無い。


 だが悲しいかな、向けられる人間は極小数なのだ。


「はい、ダンジョン奥のボス部屋まで来ました」


 視聴者がたまに来るため底辺ながらも活動だけ続けているタイプの人間が大多数居るのは間違いない。


 ただ、上位層は天よりも高く、かと言って中堅ですら個人では手が届かない位置にいるため成り上がる事が非常に難しいのだ。


「今回のボスは…………猿型ですね。ちょっと面倒だな、石投げてくるし」


 そう言いつつも入った瞬間に高速で投げられた石を盾で弾く。一般に出回っている盾のため、金属特有の高い音が鳴り響く。


「良くあるのでサッとやっちゃいましょう」


 そう言って端末を投げたらしく、画面が酔いそうなくらいクルクルと回転する。


 回転が早すぎてスローにしても判別できないくらい無茶に投げていた。


 ひゅひゅひゅと風を切る音とザシュッと血肉が断たれる音だけが聞こえる。


「はい、終わりました。猿型モンスターは旨味がないので捨てておきます」


 パシッと端末を取り、今いると信じてる視聴者に向けて喋る。


 この時点で同時接続人数はいない。


 塵も積もれば山となる。長く苦しくても小さな積み重ねを増やし続けていったら夢に届く足場になるかもしれない。


「…………はぁ、帰ろう」


 ゴゴゴ、と地震と共にダンジョンが崩れ始める。その瞬間、ダンジョンを駆除した者は外へ瞬間移動させられていた。


「今日も合計2人…………こんなところのダンジョンじゃ見に来る人もいないよね」


 一度衰退した技術の発展により配信という娯楽が浸透し始めた頃ならまだ何とか視聴者は増えていただろう。


 だが、今配信している者は怠惰だった。


 SNS上での宣伝。配信中に視聴者を射止めるトーク。そして田舎のダンジョンしか攻略していないという企画力。そしてただの公務員という企業の後ろ盾がない状況。


 人気配信者と比べたら全てが劣っていた。ただ強いということだけが人気になれるはずもなく、そして自ら宣伝することもなく。


 都市のダンジョンへ行けば話は少し変わってくるが、それをする考えもこの者にはない。


 かといって、他配信者がどういったことを注意しているかなど見ることすらない。


 塵すら積もらずただ風が吹くばかり。それを何一つ理解していない者が愚かにも多くいるのだ。


「今日もうどんかなぁ。卵をつけてヤケ食いだ!今日は特売日だから今日こそ買うんだ!」


 やけっぱちになったのかずかずかと歩きながら晩飯のこと考えて帰路に就いた。


 貧困にあえぐ、というのは少し違うがダンジョンが出来てから貧富の差は当時と比べて少し縮まっていた。


 ダンジョンの出現のせいで大量の死者が発生し、そこに一切の差はなかった。


 そしてダンジョンに進んでいくのはその日の食料すら困るようになってしまった貧困層。いつ死ぬか分からない明日を生きるために今日死にに行く者達だった。


 そんな彼らがダンジョン資源を入手することで、命を掛けたら誰にもチャンスが訪れるということを知った。


 現場に赴き資源を持って生還できれば一気に金が手に入る。逆に何もしなかった裕福層はその恩恵を金で買うことしかできない。


 資源には野菜やモンスターの卵など、手間がかかる物を人間が簡単に食べられるように加工できるようになってからは、探索者からしたらほぼ無料で手に入れられる。


 この大きく金が動く流れに富裕層の殆どが巻き込まれていった。


 気づけば没落していく一族もあれば、流れに乗って繁栄した者も居る。


 この者は波に乗れなかった半端者。だからこそ、それにふさわしい生活をしているのだ。


 塵を積もらせたら山になる。一方で都市の探索者達は多大な報酬と共に集められていた。


 そう、ダンジョン200周年記念式典にて深層攻略をするのだ。


 多くの企業と資産家が参加した一大イベント。先陣を切る日乃本に世界各国が注目する。


 素材は集められた。用いられる地上の技術をかき集めた。


 後は挑むのみ。新たな歴史の一ページを刻むべく勇敢なる探索者は集い始める。


 さあ、祭りの時間はすぐそこだ。


 積もった塵は踏み固めなければ嵐に吹き飛ばされることを知らずにただただ塵を積み続ける。


 さあさあ、新たなる塵を積み上げよう。新たなる血肉を捧げよう。


 甘美なる罪の味を、捧げに行こうではないか。

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