第9話 多分、恐らく最善の攻略法


「ったく、なかなか見つからないな」


 目当ての鉱石が見つからないケンは今日も深層を歩き回っていた。


 目当ては地上で流行りのスマホのような端末の素材。恐らく希少価値のある物を魔力を通して加工し、魔力という通常の電波を妨害するダンジョン内の仕様を貫通する通信端末を作ろうとしているのだ。


 そんな技術力がこの男にあるのか?と聞かれたらあると断言できる。


 無駄に超越した技術力、そして深層の大方の素材を知っている。


 何故技術力が超越しているのかは『そういう男』としか答えようがない。


 それはさておき、モンスターが現れては叩ききり、逃げるものならハンマーを投げて吹き飛ばす。


 必要な時以外は剥ぎ取りせず、残った死体は他のモンスターが捕食する。度々この深層でモンスター同士の争いが起こるのは、空腹を満たすためである。


 ダンジョンから産まれるモンスターは当時の生態系から逸脱した謎の生き物ではあるが、根本的なことは他の生物とは変わらない。


 喰う、寝る、遊ぶ。人間と違う所は働かなくていいこと。そしてダンジョンであるが故に常に命の危険に晒されること。


 生きていれば腹が減る。腹を満たせば眠くなる。暇になれば歩きたくなる。ただし、個人(?)でやることは全て自己責任である。


 弱肉強食当たり前な世界に弱っちい人間が入り込んだらどうなるか?


 それはもう、ちょうどいいおやつである。バリボリと頭をかじられ、肉を喰い散らかされ、ものによっては精神と魂を吸い取られる。


 弱き者が立ち入るなと言わんばかりの環境ではあるが、命を懸けた博打と同じく採るべきものを採って帰還さえできれば一生遊んで暮らせる額の金が手に入る可能性があるのだ。


 無論、ハズレもあるし命を落とす可能性だって十分にある。


 そう、今そこで光学迷彩を使って隠れている者たちのように。


「…………(じっと壁を見ている)」


 視覚、聴覚、嗅覚では感じ取れないはずの何か、誰かが居る。ケンはそう考えていた。


 伊達に長く深層で住んでいない。透明なものほど興味が引かれるというもの、深層では見たことが無いパターンであったので邪魔しては悪いとは思う。


「そっちは吸血分身蝙蝠の巣だ。通るならこっちからにしとけ、モンスターが居るだろうけど『食事』に夢中だから気にすることは無いだろう」


 見えない者に一つ、忠告しておいた。


 吸血分身蝙蝠は文字通り分身する吸血蝙蝠である。吸血蝙蝠という普通に厄介な存在なのだが、さらに厄介にしているのが実体を持った分身をするのだ。


 分散する数が1匹から2、3匹になるなんて妄想はやめておいた方がいい。奴は数十、或いは100を超える数に増えて襲いかかってくる。


 故に小さい個体と侮るなかれ、透明であろうと奴らは見つけ出し、巨大なモンスターも通路を埋め尽くすほど分身した吸血蝙蝠に全身を噛みつかれ、体液をほとんど吸われてしまう。


 そうなれば残るは干からびた干し肉と骨と皮だけ。そういったなれ果てをケンは飽きるほど見てきたのだ。


「ただし、この道に転がってるものを取るなよ。染みついた臭いでモンスターが寄ってくる。他にもいつから落ちてるか分からない物も触るのはやめとけ」


 そこに重ねて警告する。


 ただでさえ死体となったモンスターは臭いが強くなっている。即座に消臭しなければ別のモンスターが目星をつけて無差別に襲ってくる。


 光学迷彩と隠密だけでここまでやってこれた猛者をここで失うのは惜しいのではないか、という関心が今のケンの中に湧いていた。


 坂神あかねとの交流が原因なのか、地上の人間の可能性を知りたくなってしまったのだ。


 何度も言うが、ケンは魔力を扱う鉱石を十分に使えていない。せいぜい魔力を使わず金属としての性質のみを武器にしたり、機械の部品にしたりと既存の技術を極めた物しか作ることができない。


 それに対して魔力を纏った金属やモンスターの素材は地上の新たな技術だと彼は理解した。


 既知なら極限を超えたその先まで極められると思っていたケンがまだまだ自分が驕っていたということを自覚させられた話だ。


 だからこそ隠密という一つの知恵と技の組み合わせだけでここまで来た人間を評価した。


「欲張るな、そして生きて帰れよ。死んだらそこで終わりだからな」


 そう言い残してケンはその場から離れて行った。


 振り返ることなく、彼はずっとその先へ足を進み続けた。
















『本日午後4時、3日前にダンジョン深層へ潜った探索者チームが帰還!』


『持ち帰った鉱石は全て新種のもの。即座に解析に回される』


『新たな試み。戦闘せず、声を出さず、最低限の物しか持ち出さず』


『突撃取材!深層から帰還した探索者チームの感想は?』


 とある日、とある探索者のチームが帰還した。


 元々戦闘面はあまり得意で無い人間ではあったが、彼等の特徴にとある共通点があった。


 『影が薄い』、地味ではあるがお互いが影が薄くて困ったことで意気投合し、戦わない探索者としてひっそりと生計を立てていた。


 地味ではあるが生活は出来ていた。それでも上位層に入りたいと夢はある。


 深層の攻略、命を賭けて行きたいとは思わないが、上手く立ち回れば一財を築けるくらいの可能性は秘めていることには気づいていた。


 それでも戦闘能力が低く、トーク力も上位配信者と比べて日常生活張りの会話しかできない彼らは生きて帰れぬ地獄と言われた深層攻略を諦めていた。


 だが、とある配信で深層を歩く姿を見た。そこで映る男はこう言っていた。


『無駄にトークばかりしてるとモンスターが寄ってくる。それに対応して戦って、その後にトークして、その声でまたモンスターが寄ってきての繰り返しになると思う』


 隠密には可能性があるかもしれない。これを聞いてから何か引っかかっていたチームの一人がそう言った。


 今までダンジョンはモンスターが跋扈しており、モンスターを倒して素材を剥ぎ取るか、鉱石や植物の群生地で採取をするかという選択肢の中でほとんどがモンスターを倒すことに集中していた。


 無論、後者を生業にしている人間もいたがモンスターを恐れるが故に深く潜ることはしなかった。


 では、ほぼ確実に見つから無い装備をして深層に潜ったらどうなるのか?


 彼らは調べた。その結果、深層で死亡するパターンはモンスターとの戦闘及び分かりやすい代わりにゴーストのような精神攻撃を仕掛けてくるモンスターのせいで混乱して罠を踏んでしまうというパターンばかりだということ。要するに戦闘をして他モンスターに気づかれたうえで弄ばれていることに気づいた。


 そこから深層のモンスターについて調べまわった。光学迷彩の装備や音と匂いを消す道具を大量に集めた。様々な手段で気配を消す方法を学んだ。


 そして満を持して、というには少々やり過ぎたかと思われた装備をつけてダンジョンへ挑んだ。


 お互いに姿や気配がなくとも一定距離ならゴーグル越しに文字で会話してコミュニケーションを取れるように工夫しモンスターに遭遇しない様に進んでいった。


 上層、中層の生産物には一切手を付けず、深層へ一目散に進んでいった。


 深層への階段で一度休憩を挟んで、失敗すれば帰ってこれないという覚悟を決めて深層へ突入した。


 重装備でありながら全てを隠密に特化させた装備はその性能を十分に発揮した。


 モンスターが通れば壁に身を寄せて息を殺し、ゴーストに出会えば胡散臭いお札を握りしめて通り過ぎるように祈った。


 奇跡的に誰一人欠けずそこそこ進んだところで彼と出会った。


 恐らく、それが一番の幸運だったと隠密探索者達は口をそろえて言った。


 元々怪しい人物であったのだが坂神あかねに対して特に何もせず深層入り口まで送り届けた男の忠告は正しかった。


 彼の通った道は死屍累々と言わんばかりの跡地で、それ・・を貪るモンスターは食事に夢中で探索者達が通った事すら気づかれなかった。


 男の忠告通り、死体には手を付けなかった。そこを超えたら、ある程度男によって採掘されていたが持ち帰るには十分な量を確保できる鉱脈がそこにあった。


 採掘という性質上、音が出てしまいモンスターを引き寄せる可能性が高い。そこで持ち込んだ装備のうち音を80%遮断する布で採掘するメンバーを覆い、他のメンバーが可能な限り周囲を警戒する。


 危険が少しでも近づけば即座に撤退するつもりだったが順調に採掘を終わらせ布を放棄して鞄いっぱいに詰めた鉱石を背負い逃げ帰った。


 そして地上へ生還して今に至るということだ。


 モンスターを倒すことこそダンジョン探索者という知らずのうちに作り上げられていた固定概念が崩れ始めた。


 いずれこの選択をするであろう人間はケンが関わらずとも現れていたはずだ。それが何年、何十年とかかるか分からないが、この瞬間に現れたということは間接的にも大きな影響を与えていたということになる。


 たった一人の男が与える影響がどのように広がるのか?


 それは今、分かることではない。これから広げられる人間の未来に委ねられているのだから。

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