第8話 外の世界の燃え具合


「おお、やってるやってる。どの時代もやることは一緒か」


 ベッドに寝そべり、男ことケンは端末を操作する。


 坂神あかねを中層に送り届けてから、彼女から貰った端末をずっと弄っていた。


 あかねのSNSのアカウントが端末内に残っていたので『プレゼントするのはいいけど端末内データは消そうね』とだけ入れ込んで端末内からアカウントを消去した。


 いたずらしようと思えばいくらでもできたが、悪質な冗談を嗜むタチではないケンは守ることは守る男なのだ。


 インターネットはつながれっぱなしのようで、データ制限も特にかかっていない。通信料もあかねが持つとSNSで公言していた。


 しれっとSNS上にアカウントを作り適当な名前であかねのSNSを検索、現状で世間の関心が何に向いているかを調べていた。


「やっぱりここの情報はかなり少ないか。現状の人類の限界、中層をそれなりに潜れるだけで十分だ」


 深層の情報はあまり無い。無茶して深層に潜った人間が何とか配信して死んでいったものや、伝説の3人と呼ばれる探索者が持ち帰った物と彼らの口から語られた地獄くらいしか無い。


 それを加工した物、彫刻や剣には世間一般的に考えると恐ろしいほどの金額が付いている。


 買い手は付くのかと疑問に思うが、売ってある以上は需要があるのだろう。


 それよりも面白い話はケン自身の話題と坂神あかねの炎上、そして転移トラップを見逃した先発隊の炎上である。


 先発隊については単純に彼らの見落としのため受け入れている節はあった。今回はあかねが無事帰還で来たこととケンという存在を知ることができたため炎上度としては緩めになっていた。


 ケンの話題は謎の人物、滅茶苦茶強くてヤバい、人型モンスターなど憶測ばかりが飛んでいる。


 無理もない、自分が強くて『何故か』魔力に関わることができず、深層のことを研究している程度しか明かしていないのだから。


 元々、表舞台に出るつもりは無かったケンだった。だが時代が動き出していることを予感して行動に出た。


 正直なことを言うと坂神あかねを見捨ててもよかった。


 前に深層に挑戦しに来た者達は覚悟を持ってやってきた。その時も誰かがやって来たと気づいたが、ちょうど鍛冶場に居たのだったのだ。


 別に戦闘で熱くなったとかではない。単純に鉱石を製錬して新しい剣を製作していた。


 もちろん深層で生産された特殊な鉱石であるため、この時既に5時間かけて鉄を打ち続けていた。まだ中途半端なところで止めるわけにもいかず、ましてや正面から深層に入ってきたのだから覚悟だってあったのだろう。


 ちなみに、どうして深層に人が入ったか分かるかというと、単純に聴覚で叫び声を聞き取っただけである。


 鉄を打ちながらでも男の耳には大人数の悲鳴や混乱の声が入ってきた。


 それを放置したため伝説の4人で終わったのだろう。男はそう考えて次の話題のことを考える。


 一番のお祭り?となるのが坂神あかねの炎上騒動だろう。


 深層から地上へと無事生還した彼女へ取材すべく報道陣が殺到したり、彼女のスタッフ兼親友らしい女の子との熱い抱擁。そして持ち帰った深層産の大鬼オーガからへし折った角への関心。


 ここまでなら普通のニュースで済んでいただろう。配信中にケンが喋った情報や、体感した深層の恐怖、世界中の関心を持つには十分な事柄である。


 だが、悪い話の方が目につくというもの。深層に居た時に男との距離が近いだの、生き延びたのは運が良かっただけだの、いいもの手に入れられてズルいだの、注目されて調子乗るなだの心無い言葉が積み重なっている。


「こういう足の引っ張りさえなければもっと攻略が進むと思うけどなぁ」


 いつもの独り言、思ったことを口に出すのが癖になってきている。


 それが気にならないほど一人に慣れてしまっていた。長く、長く、洞窟内で陽の光も浴びず留まり続けていた。


 だからこそ惜しい、と感じることはある。批判してる中で深層まで潜れる人間はいるかもしれない。誰かと協力する事で実力を発揮する人間がいるかもしれない。


 期待しすぎと言われたらそれまでだが、いずれ深層も日常的に攻略されなければいけないと男は理解しているからこその期待。


 そして愚かすぎる人間も多少居るということも昔から変わらない事に少し失望したりしていた。


「坂神あかね、少し不用心さが目立つが生き残るだけなら悪くない。もう深層には来ないかもしれないが中層なら充分にやって行けるだろう」


 これが率直な感想である。元からダンジョン探索者と遭遇する事がなかったケンだが、それなりに見る目はあるつもりである。


 普通なら単身で深層に来ると数分のうちにモンスターに襲われ死んでしまう。それをこの深層で『一番厄介なモンスター』に見つかったとはいえ、隠れながら倍の時間生き延びたことを考えたら十分に素質がある。


 装備も重量ながら動けていたので筋力も問題ないだろう。一撃即死の深層では自殺行為に等しいが、中層程度だと厚い服が防具代わりになるため使用頻度は高そうだった。


 ダンジョン内での評価はこれくらいにして、地上の住民からの評価はどうか?


 トーク力はそれなりにある、容姿も可愛い部類に入る、あと若い中堅探索者という実力。


 主に見えるのはこの三つ。そして友人も人並みに居て深層から帰還した際には泣いて抱きしめられるくらいの人望はある。


 普通に考えて成功者と言えるだろう。今回の事故がなくとも一定の視聴者は集まり、流行りにはやや遅れながら乗っかるという話題性を取ったりと企画力も高すぎないが低くも無い。


 ファンが多いのは当然だろう。だが、そのファンの民度が皆高いかは別だった。


 厄介ファンと言うものはどの時代にも存在している。見た目や声、性格だけを見ている悪質な視聴者と現代では言い換えることができるだろう。


 衣装を変えるだけでケチをつけたり陰口を言うのは優しい方。恋人らしき異性が見えたら即座に攻撃、炎上という悪意の連鎖を引き起こす厄介な着火剤である。


 最悪なケースは自宅特定して勝手に会いに行くという自宅凸、そこから何らかのトラブルになるのは必須。特に投げ銭を多く投げたことで『金をかけてここまで育てた』と自称し、異性の影が見えたら攻めだすという愚かな人間図鑑の一種類である。


「まあ、俺が居たとはいえ深層で行動できたなら問題ないだろ」


 彼はあかねの図太さを主に評価している。深層から抜け出せるとはいえ、簡単にリラックスすることはできない。


 シチューを食べて涙を流してたのは年相応だが、自分一人ではどうしようもない極限状態から解放されたら涙の一つは流すだろう。流さなかったら人間かと疑う。


 大鬼オーガ型モンスターに出会ったときは恐れていたが、しっかりと撮影する余裕はあった上に魔物のミンチを大量に生産した時は多少グロッキーになっていても回復は早かった。


 精神性ではいずれ上位クラスに入るだろう。あとは肉体と装備が相応に追いついていけば中層では敵なしになるだろう。


「さて、エゴサはこれくらいにして狩りに行くか」


 深層から帰還後に炎上している大きな要因は自分という無駄に強い異性が突然現れたということ。


 ケンにとってはくだらない事だが、彼女に悪い意味で恋している連中はここぞとばかりに食いついて自身のくだらない自尊心を満たすために燃やし続けている。


 淫婦だの処女売っただの、配信を見てない馬鹿丸だしな輩に無駄な時間を割く必要性はない。


 端末を充電器につないで亜泥銀の机に置き、男は立ち上がる。


 充電器の代わりになる鉱石を、端末の素材になる鉱石を探しに行くために男は今日も深層を練り歩く。


「使ってる素材の名前は分かったのはいい、後は特徴が一致してる鉱石を探すだけ。どっかにあったかなぁ?」


 ケンは大量の鉱石を見つけたが、検索した素材の名前と自分が付けた鉱石の名前が一致するとは限らない。


 そんなことを考えながらケンは探し回るのだが、彼はある事を知らなかった。


 中層と深層の素材は同じものでも品質に大きな差がある。それ故に成分的には同じであっても質が違い過ぎて特徴が一致しなかったのだ。


 簡単に言うと、深層で出る上質な鉱石が中層では出ない様に、中層で出る低品質の鉱石は深層では出ないのだ。


 深層しか知らない男はそうとは知らず、かなり長い時間歩き回ることになる。


 このことに気づくのは、相当先になることだけ。

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