第10話 甘くなく、ただ苦い


 この深層は甘くない。本来であるならばそういう場所であるのだ。


 今日も今日とてケンはダンジョンの深層を探索していた。


 モンスターを狩るのはいいが、この日は鉱石を取る気分ではなかった。


 珍しい鉱石を見つけたら取るのだが、目につくのは深層に造っている部屋の『倉庫』に貯めてある物しか見つからなかったのだ。


 持ち帰っても支障はないのだが、面倒になったので回収はしなかった。


 もちろん地上では億単位で金銭が動く代物ではあるのだが、この時点の彼に必要はない。


「ガアアアアアア!」



「おっと!クソキメラ、まだ生きてたのか」


 音もなく天井から突如保護色のような色をして降ってきたキメラを獅子の頭に噛みつかれる寸前で前方へ飛んで回避する。


 無駄に再生力が高く、それどころか死んだと思っても目を離した隙に死体が消えていて、別の日にまた襲い掛かってくる通称(一人しか呼んでない)クソキメラが今度は隠密を覚えて襲来してきた。


「どこでこのような知恵をつけてきたんだか」


 そう呟きながら剣を構えた。正直なところ、クソキメラを殺したところで何の得もない、いわばお邪魔キャラのような立ち位置となっている。


 過去にも素材の剥ぎ取りをしたが、何故か剥ぎ取って数分で急激に品質が劣化し始めるのだ。


 例え真空無菌にする機械を取り付けた箱に収納しても劣化は止まらなかった。素材として瞬間に加工しなければならないものとケンは考えた。


 しかし、この性質が厄介で加工しようにも道具が必要、かといってクソキメラを自分の部屋に連れ込むのは言語道断。それ以前に敵意満載のため出会えば即殺し合いになるので論外である。


「ギャアアアアアア!?」


 なのでサクッと切り刻む。5mもある身体を10㎝×10㎝×10㎝の立方体の肉片に整えてあげるのだ。


 ブロック状に刻まれたクソキメラはぼとぼとと肉片を地面に落として原型を崩壊させる。


 これよりも何年も前は木端微塵にしたのだが、それでも別の日にはケロッとした顔で襲い掛かってきたのだからそういう生物なんだろうと諦めた。


 少なくとも一度殺した判定くらいの損傷を与えたらしばらく現れないのでやる価値はある。


 ブロック肉となりながらもビチビチ跳ねるクソキメラを放置してケンは歩きだした。


 なんだか今日は様子がおかしいと感じながら進んでいく。


 いつもはピリついて肌を刺激するような空気が流れているのだが、何か浮ついたような雰囲気を感じる。


 まるで普段は無駄に強くて可食部が少ない肉しか食べられないのに、美味しい獲物が大量に入ってきてウキウキの気分というべきなのだろうか。言語化するとそういう風にしか例えようがない柔らかな空気が流れている。


 無論、一般人にとっては精神に異常をきたすくらい緊張した空気なのは変わりない。


 何か異常が起こったのだろうか?深層内部から何らかのアクションが起こったら調査しなければならない、それが本来与えられている『仕事』なのだ。


 別に遊び惚けているわけではない、色々と自力で解決したいために頑張っているのだから遊んでるわけではない。


 そう言い聞かせながら後で文句を言われるんじゃないかと思考の片隅に残しながら足をいつもより早く進める。


 そして、深層にしては異常に軽い空気になっている原因を見つけた。


「なるほど、『餌』が入ればウキウキになるよな」


 モンスターも生き物である以上、空腹になれば腹を満たす必要性がある。


 深層のモンスターの殆どが自身の肉に毒を持ち、解毒調理しない限り不味い肉になると認識している。そのため食事と言っても嫌々食べなければならないのだ。


 だが中層より上に住む生物は別である。肉には毒が無く、血抜きをしただけで食べても美味いらしい。


 そう、『中層より上に住む生物』が。


 びちっ、びちっと血を撒き散らしながら肉を食い荒らすモンスターがいる。


 そのモンスターは、鶏型モンスターバジリスク。シルエットだけは馬鹿でかい鶏にしか見えないのだが、実物を見ると鶏なのは頭と体型と羽根と足の部分のみ。後は蛇のような鱗を全身に纏う怪物である。


 神話とはやや違う部分もあるが類似性はあるのでそう名付けた。


 問題なのはバジリスクが貪っている『餌』である。


「ったく、生還出来た奴が居るから自分も、なんて考えたのかなぁ?」


 無惨に食い散らかされている『誰か』を見て呟いた。


 探索している時と調理、製造している時以外はこまめに情報収集をしているケンは先日たまたま出会って忠告したチームが帰還した事を知っていた。


 その筋の才能がある上でガチガチの対策をしていたからこその帰還だったのだ。


 あいつらが行けるなら俺も!みたいな話は深層で通用しない。


 個人個人の才能をどう活かして生き残るか。それが出来なければ骸を晒すのがダンジョンなのだから。


「とりあえず敵討ちはしておくか」


 後ろから食事に夢中なバジリスクに近づき跳躍。厚い鱗の上から剣を何無く突き刺して心臓を一突きする。


 グエッ、と生々しい断末魔を口から漏らすもぐりんと身体を急旋回して振りほどこうとした。


 鶏は首を刎ねられても一定時間は生き延びられる、とは言っても多少脳幹がある前提かつ出血が止まっている場合に限る。


 バジリスクはそんな鶏の逸話を持っているのか致命傷どころか明らかに致死至る攻撃を喰らってもしぶとく生き残る。ただし、クソキメラのように細切れになっても復活はしない。


 心臓を貫かれても暴れまわるバジリスクに乗る気分はまさにロデオボーイ。バッタバッタと動き回るバジリスクに片手でしがみつきながら制御する。


 激しく動いたため心臓からの出血が一定以上まで噴き出たのだろう、次第にバジリスクの動きが弱まっていき、そしてばたんと正面から地面に倒れ伏した。


「やっぱりこいつは血を失わせるに限るな」


 身軽に死体となったバジリスクから降りたケンは暴れ散らかした跡を見る。


 元々血が飛び散り『餌』が一つ、いや、よく見ると二つ転がっていただけに最初とはそこまで変わらなかった。


 『餌』だったものにケンは近づいた。


 それは目から光を失った人間の上半身の一部だった。


 来た時点で手遅れであったため、どうしようもなかった。


 ダンジョンで人が死ぬのはよくある事だ。それが事故であれ慢心であれ日常茶飯事、世界のどこかで起こっている人口減少なのだ。


 ここに骸として転がっている人間は一体誰なのか?男なのか女なのかすら分からない。顔は残っているが妙に中性的な顔であったため判別は難しい。


 片腕しか残っていない死体もそうだ。これも何者なのかすら分からない。


 この死体を弔うにはモンスターを殺すくらいしかできないが、それは既に行った。


 あえて見ず知らずの死体を持ち帰ろうとも思わない。彼は優れた技術力を持ってもあくまで科学の延長線にあるものしか扱えない。


 オカルト、超能力、魔力、そういった超常現象はこの男ではどうしようもない領域になるのだ。


 だから放置するしかないと考えていた。その時、死体の首元に何かキラリと光った。


 ケンは屈んで光った物を拾う。ドッグタグ、この死体の身元が記された金属の小さな板が付いていた。


「笹野木、光。名前だけだとどっちか分からん」


 夢破れた人間の名前を読み上げて性別がどっちだったか分からずじまいだなとつぶやくのみ。


 だがこの遺品をこのままにしておくのはもったいない。使い道がないものを残しておくと結局モンスターの腹の中に入ってしまう。


 どうせならこの人間の知り合いの手に渡ればいいと考えてしまった・・・・


 前までならこんな思考すらしなかっただろう。外との接触を得たからこそ考えるようになったのだ。


「そうだ、落とし物ボックスでも作るか」


 妙案を思いついたかのようにポンと手を叩いて男は言った。


 最近人間らしさを取り戻しているような気がして楽しかった。昔のように何も知らないで、手探りで何かを始める新鮮さがあった。


「とりあえず箱を作って写真でも撮るか。SNSに上げたら…………どんな反応が返ってくるやら」


 にやりと笑い、その場を後にする。


 その後ろに凄惨な現場が残されていたとしてもこの男は特に何も思わない。


 一つ一つ気にしていたら苦い思いだけが残ってしまう。


 男はそれを、ずっと前から知っていた。


 だが…………そこに一つの希望は残しておくべきだろう。帰ってこないと分かっていても、はっきりとさせる術があるならはっきりさせるという一区切りを付けさせられる希望。


 どんな姿であろうとも、帰ることを待ち望む人間がいる可能性は否定できないのだから。

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