第5話 鬼よりも鬼の如く
男が掲げるのは白い剣。それに対して
男はそれを見てなるほどと思った。
どう掻っ捌いたかは知らないが、蛇革は当時でも加工品として使われる程度には丈夫なものであった。
地上の生物でそれなりに丈夫なものとなれば、この深層で発生した大蛇の革はどれほど丈夫なものなのか?
:めっちゃヤバい音なってる!
:これ鞭にしてんの?
:あんなんで叩かれたらひとたまりもないよ
:詰んだ
:昔に深層に潜った人ってこんなの相手にしたの?
男はそれを知っているが、この配信を見ている視聴者はそれを知らない。
だが、誰が見ても一撃当たればただでは済まないということは理解できる。
「珍しいな。奴らは基本的に金棒みたいな粗雑な硬い棒を使うはずだ。失ったから代わりのものを用意したのか?」
ニヤリと
明らかに音を超えた速度で放たれた鞭打ちだったが、男は難なく剣を振るい弾き返す。
その際に発生した衝撃を受ける前にあかねはかがみこんで耳をふさぎ、体を丸めて防御態勢を取る。ダンジョンに潜る者としての本能だったが、それが功を奏して最低限かつ男が盾になったことで衝撃はほとんど受けることは無かった。
「ここから動くなよ」
男はそう告げ、聞こえたかはどうか確認せずに一歩足を踏み出した。
一歩目は普通の踏み込みにしか見えなかった。その次に出した足が、二歩目が既に
縮地、と言える技術だがそれに加えて男自身の筋力を含めて瞬時に長距離を詰めることができる。
そして男は剣を振り上げた。ただ振り下ろすためではなく斬るための振り上げ。だが尋常じゃないはずの速度で振り上げられたはずの剣に対して
尻もちをついた以上、脚を使った回避は封じられてしまった。
男が振り上げた剣は即座に振り下ろされた。
吹き飛ぶのではなく、
そして剣が振り下ろされる。男を置き去りにした振り下ろしは突き出された腕を裂き、さらに真空波のようなものすら放ち
ガアァ!と痛みによる咆哮が
ただの音と思うなかれ、深層のモンスターの咆哮は攻撃の一種になる。離れているあかねが屈んでいてもビリビリと衝撃がくるのに、男の距離で咆哮を喰らえばタダでは済まないだろう。
だが、その程度で男が怯むわけがない。
振り下ろした剣を即座に構えて
剣は容易く
大きな手で押さえつけられたが、男は潰れなかった。それどころかゆっくりと剣を上に押し上げて
:何を見せられてるんだ
:CGとかじゃないとこんなの撮れないぞ
:Amazing!!!
:もうこれ人の姿をしたモンスターだろ
:全く目で追えてないんだが?
:そもそも映像としても追えてない
:人知を超えた戦いはこれですか?
:なんでこんな人が深層にずっといるんですか?
:強すぎるから深層にいるんだ…
「私も全く分かんないよ。でも…………」
その目に映るのは押さえつけられようとされながら二本の足でしっかりと立ち、ゆっくりと
「あの人が強すぎることだけは分かる」
:それは今全人類が思ってるから ¥1000!
:あれが人?
:もう勝ち確定なんよ
:深層のオーガを単体で撃破できるのは人間でおらんのよ
:手負いだったっぽいから勝てたんじゃね?
:冗談にしては質が悪すぎる
:でも、この人が居なかったらあかねちゃん死んでたわけだし
未だに視聴者数は増え続けており、もはや全世界が坂神あかねの配信チャンネルに注目している。
再生回数も、投げ銭ももはや数えるのが億劫になるほど増え続けているものの、今は目の前の戦闘にしか集中できない。
「これで、終わりだ!」
男が宣言する。
それと同時にゆっくりと動かしていた腕を勢いよく振り上げ、剣が
びちゃりとこぼれ落ちるよう水音が聞こえる。人とあまり変わらぬ内臓が溢れでる。
「おっと、グロ注意の警告しておくべきだったか?」
:うおおおおおおお!
:すげぇ!
:分からないうちに全部終わった
:オーガに抑えられても潰れないとか
:すっごい鋭い剣だぁ
:その剣切れ味すご過ぎ!
:世界最強ランキング塗り替えきたな
「大丈夫です!ダンジョン配信見る人はそういう耐性付いてますから!」
「事故も多いからか?」
「それも、ありますね」
もしかしたら事故配信になりかねなかった自分を思い返してあかねは苦笑いして太鼓判を押した。
ダンジョンで配信するという事は文字通り命に直結する。
配信してコメント欄に夢中になりモンスターへの警戒を怠り死亡すると言ったケースは少なくない。
無論、人間が死ぬシーンだけでなくモンスターを狩るのでモンスターの血が飛んだり内臓が今のように溢れたりだってする。
少なくとも男が知る時代に比べて現代は残酷描写に対して相当なら耐性を持っているのだ。
「ふーむ、成長したのか原始に戻ったのか。それよりもこいつはどうする?角でも折って土産にするか?」
「いいんですか!?」
「お守り程度にしかならないだろうが、まあ自慢には使えるだろ」
ちなみに
男はこの効果を試した事がないのか、と聞かれるだろう。
「よし、心肺を斬った感触はあったから死んでるな。それ、無くしてもいいが替えはないぞ」
「ありがとうございます!」
綺麗な弧を描いて
「一生大切にしますね!」
:あっ
:その発言は不味いですよ!
:なにつばつけてるんだこいつ
:これはこれで燃えそう
:むしろ結婚した方が勝ち組では?
こういう業界で恋愛っぽい発言は炎上案件になるのはいつの時代も変わらない。
「あわわ、違うんです!だってこんなレア物だよ!二度と手に入るか分からない代物だよ!?」
「大変だな、配信ってのは」
自分の失言に気づいたあかねは必死に弁解しており、男はそれを眺めているだけ。
他人事のように眺めているが、あかねの弁解する声に引き寄せられたモンスターを処理する事になるのは数分後の話だった。
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