第6話 究極の一端


「まったく、モンスターのラッシュは面倒だったな。まあ、これで分かっただろう?深層は喋りながら探索するような場所じゃないって」


「はい……はい……ためになりました」



:グロッキーになって可哀そう

:あれだけ連戦になったら、ねぇ?

:馴れ馴れしくすんなよ

:めちゃ強! ¥5000!

:最強だろこんなの

:深層ってこうやって攻略するんだ(白目)

:例外が過ぎる

:イチャコラ出来てうらやましいねぇ!

:みんな頑張った、うん ¥10000!



 あかねの叫び、炎上しそうな発言を何とかとりなそうとした結果が大量のモンスターの引き寄せ、男がそれに対応した。


 それはもう凄惨だった。寄ってくるモンスターは多種多様。配信を見ている視聴者でも見たことが無いモンスターがちらほら現れ研究者らしいコメントもちらほら見えていた。


 流石に十数匹も現れてはあかねが危ない。ちょっとしたことでも相手は深層のモンスター、多少の毒耐性や精神力ではあっという間にお陀仏となってしまう。


 だから男は『瞬殺』した。


 パフォーマンスとして魅せるのではなく、素材として後で残すのではなく、ただの肉片と皮の残骸と骨の粉だけに変えた。


 剣で切り裂き、ハンマーで吹き飛ばし、肉体を持たない幽霊のようなモンスターは男と目を合わせるだけで逃げていった。


 だが、その肉片は、体液は一切あかねに触れていない。気化した空気すら吸ってもいない。


 男なりの配慮だろう。あかねがいる背後には一切の被害も返り血も無く体調も全く不調を起こしていない。


 少なくともあかねの眼では男が一瞬ぶれただけにしか見えなかった。端末から配信画面を見ている視聴者も同じだろう。


 たった一瞬、それだけで彼女を守りながら惨状を作り上げた。



:いくらモンスターの死体を見慣れたと言ってもこれは…

:流石に気持ち悪くなってきた

:貴重な資料が木端微塵に!

:最強!最強!最強!

:なにこれ、逆にキモイ

:あかねちゃん大丈夫?お薬要る? ¥50000!

:なんでゴースト逃げていくんですか?

:物理的に不可能なことしてる

:やっぱりこいつモンスターでは?



「これが出来るなら楽しく配信してもいいってラインだと思う。出来るかどうかは別として」


「こんなのできるか―――――!」



:それはそう

:魂の絶叫www

:死に物狂いでもできるかこんなの!

:人間業を教えてください



「極め切ったものなら居合斬りかなぁ?一撃で首を落とせたら大抵の危険度は落ちるだろう。稀にキメラみたいに首が無くても動き回る奴もいるから油断はできないが」


「あの、普通キメラでも首が飛んだら死にますよ?」


「ん?…………あー、そうだった。奴が特別なんだ、忘れてくれ」


「深層、怖いなぁ」


 あかねは死んだ目でそう呟いた。


 例え中層で配信できるくらいの実力者でも簡単に命を落とす地獄。目の前にいる男ほどでなければ余裕は出ない。


 そんな人間が地上にいるのだろうか?居たとしたら一流どころか頻繁に深層に潜ることができる重要人物として国家が囲い込むだろう。


「この道なりに進めば中層への階段がある。ちなみにこの階段はダンジョンが現れた最初期からある。一体誰が掘ったんだか」


「へぇ〜…………最初期の話なんで知ってるんですか?」


二番目・・・に深層に来たのは俺だったからな」


「二番目?え、待ってください。ダンジョンが出来たのって200年前でしたよね!?」



:何言ってんだこいつ

:正確には199年で近々記念式典行われるぞ

:嘘言ってんじゃねぇぞ?

:流石に分かりやすい嘘

:でもこれだけ強いのってそういう事では?



「冗談だ。流石にそこまで長い時間いないさ」


「でもあの部屋って結構装飾とか凝ってましたよね?」


「凝り性だからな。一度作り出すとどうしてもいい感じに作りたくなるんだ」


「机にしてた鉄塊も綺麗な正方形でしたもんね」


「あれを掘り出した後、精錬したのはいいが電子機器の回路に使えなかったから宝の持ち腐れでな。どうせなら綺麗にしてやろうと磨いたんだ」


「結局種類は何だったんだろう?」


「名前は亜泥銀と名付けた。ああ見えて意外と柔らかいし性質も銀に近い。だが固体にするには泥みたいに粘度が高かったんだ。固めようとしても外だけ固まって中は液体、中もしっかりと詰めた正方形にするのは苦労した」


「すごい無駄な苦労してません?」


「新発見要素は可能な限り追求したいんでね」



:研究者気質か

:確かにゲームでも新要素は極めたい

:話逸らしたなこいつ

:いらん嘘つくな



 思ったよりも深層についてはお喋りな男だった。否、独り言ではなく人と喋る事自体が久しぶりだった。


 自分が研究していた金属やモンスターについては多く話してくれた。


 だが、そこに冗談を交えているため真偽の程は不明である。


 会話を長く続けようとしても先導しているのが男である以上、終わりの時間は近づいてくる。


「紆余曲折あったが到着だ。ようこそ中層への階段へ」


 目の前にある大きな階段。何故か松明が壁に取り付けられており深層の洞窟よりも遥かに明るい。


 ようやく帰る事ができるんだとあかねは涙した。


 たった数時間前の話とはいえ本当に死ぬところだった。奇跡的に怪我の一つすらない状態だったが、もし男が間に合わなければ重傷で済んだかどうか。


 それくらいの極限状況からの脱却がついに訪れたのだ。


「やっぱり嬉しいか。この地獄から抜け出せる事が」


「まあ、二度と1人で来たくは無いですね」


「そうだろうな。ここを登ったら中層だ。油断はするなよ?今の中層がどうなってるかは知らないが油断すれば」


「ガブリ!でしたよね」


「覚えてたのか」


「むしろ忘れたら失礼でしょ!」


 男にとっては何気ない会話のジョークだったが、そのせいかあかねの記憶にはしっかりと刻まれていたらしい。


 油断は命取り、どこの階層でもそうだ。家に帰って靴を脱ぐまでが探索、そういう信条を持ち毎日を、たまに休日を挟みながらダンジョンで探索する者達は持っている。


「あの!この出会い最後にしたくないので…………あった、これどうぞ!」


 あかねは突然カバンを探り、板のようなものを取り出し男に押し付けた。


「これは、端末か?今使ってるのと同じものか」


「それは私の予備の端末なんですけど、ダンジョン内でも基本的に電波が届くのでいつでも使えます」


「貴重なものじゃないか?」


「いえいえ!今回の稼ぎに比べたら安いものですよ!あと充電器も一緒に!これ凄いんですよ、使ってなかったら自動で充電できる優れものです!」


充電器こっちの方が高そうな気がするが」


「大丈夫です!投げ銭で買いますから!」



:欲望隠しきれてないんよ

:プレゼント羨ましすぎるだろ!

:先行投資という正しい使い方

:こいつ調子乗りすぎだろ

:女の子にプレゼント貰うとか



 コメント欄では嫉妬の嵐。伊達に中堅配信者である故に、見ず知らずの男にここまでするのはファンとして嫌なのだろう。


 最も、この男があかねの命の恩人であることを棚に上げてるのだが。


 少ない手持ち、というものの深層のアイテムなど男は腐るほど持っているだろう。だからこそ地上の道具を渡すことによって少ないが恩を返そうとしているのだ。


「なるほど、これが地上の端末。解体したいところだが、魔力も使ってるだろこれ?変に弄ると俺じゃあ修理出来なさそうだ」


「勝手に分解したら保証対象外になっちゃいますよ!?」


「こんなところまで業者が取りに来ないだろう?」


「むしろ地上に出てくださいよ!それで連絡くれたら迎えに行きますからね!」



:だから言い方ぁ!

:でも地下の人間だから燃やそうにも燃やせなくね?

:やはり炎上案件

:マジで何なんだよこいつ



 もはや後先考えていないのだろう。ようやく帰られる光が見えてきたら人は冷静な判断を失うというもの。


 そもそも深層でいろいろありすぎてタガが外れたのだろう。


「…………なんか居たくないはずなんですけど、名残惜しいので一つ質問していいですか?」


「正しく答えるかは保証しないぞ?」


「隠しごとはあるのは分かってますよ。だからこの質問です。貴方の名前は何ですか?」


 それはシンプルな質問。『あなたはだぁれ?』、ただそれだけである。



:情報源!

:確かに全く知らんな

:男、とかこいつ、くらいしかない

:スケコマシ

:化け物に名前いるか?

:モンスターにも名前はあるから



「名前か、そういえば名乗ってなかったな」


 忘れていたと言わんばかりのリアクション。これは割と手応えはあるとあかねは密かにほくそ笑む。


「俺はケン、ありきたりの名前だがそう呼んでくれ」


「ケンさんですね!ありがとうございます、貴方のこと地上に広めておきますね!」


「それはやめてくれないかな?」



:草

:よく考えたらここに住んでるのって目立たないためでは?

:もう既に有名人定期

:こんなに視聴者いて長い配信してるんだよね

:ずっとトレンド入りだよ

:いつでも有名になれるって余裕がムカつく

:草

:これがあかねちゃんクオリティ


 見事な天然ボケをかましながら坂神あかねは中層の階段へ登って行った。


 男が見送る姿は、階段を上り見えなくなるまでずっとそこにあった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る