空 そら

「さて、仕事はどうだね」


 大きな窓のある明るい部屋の中、空様は藍に聞いた。窓からは薄い水色の空が広がっているのが見える。雲がある程度の速度を持って風に流されている。


 藍は扉をゆっくりと丁寧に閉め、青いじゅうたんの上を数歩、空様に向かって進んだ。窓から入り込んだ雲陰がじゅうたんの上を這っていた。


「忙しくはありますが、充実しております」


 藍は答える。空様はかすかな笑みを口元に浮かべて、静かに頷いた。


「それは結構」


「私を管理員に移動させたことについてですが、最近、少しだけその意図がわかってきたような気がしております」


 空様は穏やかに、同じ表情のまま黙って先を促す。


「移動の前、私はひどく思い込みをしていたようだということに気付きました。神、とくに空をデザインする神は、大きな力と責任を持っている。うまく空を描きさえすれば、それだけで人間を救うことができる。しかし、きっとそうではないのです。神というのは、誰でもみな等しく無力に創られていて、お互いに協力しなければ、人間一人が最初から持つ、自分で自分の人生を変える力にさえも及ぶことができない。人間の幸せを創ってあげている、などというのは傲慢で、私たちは私たちに与えられた役目をただ果たすことこそが仕事である。管理員になってみることで、仕事を果たすことの難しさというものを知りました」


 雲が流れていく。


「私が、君こそが管理員にふさわしい、と判断した理由については考えてみたかな」


「少しですが」


「ならいい」


 空様は既に良い姿勢だったが、さらに少し背筋を伸ばすようにした。


「君は管理員の仕事に向いている。君の言う通り、神というのは無力だ。私がそう創った。しかし、無力だけれども、協力をすれば何かひとつくらいは変えられる。何かを変えようとするのに必要なものが何かわかるかね。情熱だよ。君は人間の幸せを創ることに対する情熱を他の神よりも持っていた」


「ありがたきお言葉です」


 雲間から金色の日差しが部屋に差し込む。


「管理員として、これからも励んでくれるかね?」


「はい。よろこんで」


 空様はゆっくりと手のひらで出入口の扉の方を指示した。



{おわり}

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神の仕事 岡倉桜紅 @okakura_miku

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