第46話 身勝手な時計

「全然! 切れない!」


 ベヒモス由来のゴム状素材を、どうにか切り分けるようにと指示された航平の手元には、彫刻用のノミと金槌、ノコギリや高枝切狭のような道具が散乱していた。

 小綺麗なオフィスには似合わない、それらの裁断道具達だが、かなりガッツリと使い込まれた跡から、兼成の日頃の苦労が窺える。


「こっちも一緒さ。

 ひとまず、1日に1つでも切り出せれば御の字だから、頑張ってくれ」


 投げ出したように文句を言う航平へ、弱々しい顔で目標を口にする兼成。

 彼の手元には目打ちと金槌。

 ミシン目を作って切る作戦のようだがその様子は芳しくない。


「……いや、冗談抜きでキツいんだけど。

 簡単に切る方法はないの?」

「切るだけなら簡単なんだよ?

 僕は無理だけど、美守とかなら素手で行けるだろうし、霊力通した道具ならここまで苦労もしない。

 けど、そんなことをして変質させてしまっては、正しいデータが取れないだろう?」

「正しいデータ?」

「そう。

 例えば、霊力で強化した道具で切ったとすると、切り口周辺は霊力によりベヒモスの残留魔力が中和しているわけだ。

 そんなもので正確な強度が測れると思うかい?」


 兼成の言葉にどんより顔になる航平。

 訊かなければよかったと後悔する羽目になった。

 楽な手段があると知れれば、徒労感が増すのは当然なのだ。


「そんなだからね。

 僕の仕事は下手な霊能力持ちには手伝わせられない。

 かといって、一般社員に手伝わせるのはリスクが高い。

 加えて、どういう反応を示すか分からないから機械も使えないんだ」

「機械も?」

「……前にドリルで穴を開けようとしたら、周囲の繊維を巻き込んでドリルの刃が折れて、しかも反動で高速逆回転の折れた刃が飛んできた。

 ……あれはビビったよ」


 電動工具は人力よりも強い力を発揮するが、その分、反動リスクも大きい。

 そんな工具を用いても、手強い異世界産の素材は傷が付かず、反発力による危険を伴うわけだ。


「結局、人力が1番安全且つ効率的と言うわけだね。

 ……苦労はするけど」


 そう言って苦笑する兼成の手元にある素材は、未だ綺麗な形を保ったままであった。


「……少し休憩しよう。

 休みがてらじゃないとやってられないからね」


 手を止めた段階で気が散ったらしい。

 工具を机に置いて、奥の部屋を示す小父に、


「……了解です」


 特に反論する気も起きない航平が付き従う。

 兼成に通された部屋にはリクライニングのソファーがあり、コーヒーマシンにスナック菓子を容れたお盆が載っけてある。


「カフェオレで良いか?」

「……うん」


 ファミレスにあるようなコーヒーマシンの前で、飲み物を訊ねる小父に、生返事を返す航平。

 その視線の先は、コーヒーマシン等が置かれた机の奥、天井まで届く本棚に向けられていた。

 厳密にはその背表紙。

 航平も読んでいる漫画やアニメ化された作品の漫画がシリーズ毎に置かれているのだが……。


「小父さん。

 この漫画おかしくない?」

「お、航平もこのシリーズ好きなんだ。

 自由に読んで良いけど、絶対に内容を口外しちゃ駄目だよ?

 内容が変わっちゃうと大変だから」


 オタク趣味故か、仲間を見付けて喜んだ兼成は、自身の蔵書を観る許可を出す。

 同時に不穏な注意を行う様子に、


「やっぱり!

 これ未刊の漫画だよね!?

 どうや……」

「気付いたかい?

 航平が察した通り、ちょいちょいと時間軸を弄って先取りさせてもらっただけだよ。

 夢乃にも協力してもらっているけどね!」


 いくら外部に漏らさないとは言え、自分達が楽しむために、未来の漫画を取り寄せる小父達。

 狡い行動だと思いつつも、抗議すべきかを悩む。

 犯罪をしているわけではないのだ。

 ……未来の漫画を取り寄せてはいけないと法律がないだけだが。

 それでも、


「なんて能力の無駄遣いなんだろう」

「人外なんて誰も彼もがこんなものさ」


 呆れた反論はせずにはいられなかった。

 言われた兼成は笑って受け流すだけであったが……。

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